自分の年齢を実感したできごと | まくのうちのブログ

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押し入れって新聞紙とかカレンダーなどの紙を敷きますよね?



実家の押し入れを片付けていたら、昭和のカレンダーが出て来た。



ある程度の年齢になってからは、手帳も持つし、


日々、どこに行ったとか、何があったくらいは書き残してますが、


手帳自体は大学時代に


「システム手帳」


が流行ってから持つようになったのね。



それまで、予定は自分の部屋のカレンダーに直書き!



それが出て来たんだよね~(;´Д`)ノ



昭和61年だから、バイト三昧大学生活時代だ。



大学に入っても、相変わらず実家は貧乏で、


ひたすらバイトに明け暮れた日々ですわ。



書かれてるバイトのシフト見ても、休みなんてほぼ無いし!



当時、池袋パルコと台東区のファミマの掛け持ちなのに、


川越丸広デパートのお歳暮配送までやってる・・・。



バイト場所もバラバラだし、これで学校サボってないんだから、


もしかして今より働いてるかも?



大体、受験が終わってみんなが遊びまくってる高校3年最後の頃、


あたしゃ大学入学式直前の4月上旬までバイト人生だもん。(  ̄っ ̄)



アタクシにバブルなんぞ無かったわい!(-""-;)




昭和61年12月12日



あの東陽町の「若竹」に行ってました!



しかも今も続く「雷蔵八百夜」の第9夜。1200円



顔付けは、雷蔵師匠と、小痴楽師匠です。



今の小痴楽師匠のお父さん、亡くなられた痴楽師匠ですね~。



間違いなく、小痴楽師匠お目当てで行ってますが、


はたして噺は何だったのかなぁ?



予定が書いてあるだけで、聴いてきた結果じゃないから書いて無いし、


寄席出たとたんに演目忘れるアタクシですから、記憶ゼロ!



貧乏だったから、とにかく木戸銭だけはしっかり書いてある!




昭和61年12月17日


「吉祥寺寄席」って書いてあるけど、会場書いて無いし!1300円


顔付けは、春風亭柳昇師匠、春風亭昇太師匠、内海桂子・好江師匠



間違いなく、アタクシのお目当ては昇太師匠ではなく、柳昇師匠だ!(*゚ー゚)ゞ




昭和61年12月20日


「末廣深夜寄席」 400円


顔付けは、愛橋、昇太、遊福、小蝠って書いてある。



完全に記憶ないけど、愛橋って、今の瀧川鯉昇師匠かな?



遊福は、今のとん馬師匠?



先代文治ファンとして、小蝠は憶えてます~♪



この頃はお歳暮バイトが一息ついて、


池袋パルコは年末年始に休みが取れない分、


12月中旬に集中的に休み取らされたんだよね~。



さらに、抜粋しますがスゴいのが出て来た!( ̄□ ̄;)!!



しかも記憶あるし!




昭和59年6月15日


イイノホール「東京落語会300回記念興行」



とにかくスゴい顔付けで、高校生のアタクシは会場で浮いてたな。



枝雀、志ん朝、小三治、仁鶴、春団治、小さん



とんでもない顔付けだよな~(((゜д゜;)))



失礼な話、行きたくて行ったんじゃないの。



近所のジイサマが、行けなくなったんでチケットくれたのよ。



だから、木戸銭は書いて無い。



それどころか、赤字で、


「チケットもらった、タダ!」


なんて書いてやがる。



バチ当たりな話ですがね・・・。



枝雀師匠と春団治師匠は、この時が最後の生聴きとなりました。



別の押し入れ片付けたら、次は何が出てくるんだろうか・・・?