セントラル・ドグマ
は
絶対なり。
日本経済新聞より。
標的は遺伝子
がん治療
「神の領域」に
ポスト平成の未来学
広辞苑約400冊分に相当する文字情報が含まれるヒトゲノム(全遺伝情報)を読み解き、将来の病気リスクを判定する。
簡易に遺伝子を検査するサービスが広がるなか、「究極の個人情報」からあなたの未来が正確に分かるようになるのはそう遠くないかもしれない。
同時に、異常な遺伝子を修復してがんなどを簡単に治せるようになる時代の到来も予見させる。
11月下旬、僕(24)の机の上にA5サイズの白い箱が届いた。
数日前、インターネットで申し込んだ遺伝子検査キットだ。自分の唾液を容器に入れて送り返すと、遺伝子を読み取って病気の発症リスクを数値で知らせてくれる。
容器に唇をつけ唾液をはき出す。
10ミリリットルほど唾液をためるのは大変。
舌がぱさぱさになった。
たまった唾液に青い保存液を入れ、上下に振ると混ざった。あとは返信用の封筒に入れて郵送するだけだ。
ディー・エヌ・エー(DeNA)子会社、DeNAライフサイエンス(東京・渋谷)の遺伝子検査サービス「マイコード」を使った。
約2週間後、ネットでがんやアルツハイマー病など最大280項目に関する結果が分かる。
標準的なキットは約3万円だ。
唾液はどこで解析されているのか。
都内の研究所を訪れた。
普段は住所も非公開だ。
研究者の勝又未久里さん(32)によると多い時で1日1000以上の封筒が届くという。
解析工程はほぼ自動化されている。
遺伝情報の管理や漏洩防止については「研究所に入るには指紋認証やカードキーが必要で、全部屋に監視カメラがついています」と答えてくれたが、少し心配になった。
解析結果から利用者が精神的ショックを受けそうな場合もある。ネットでは「本当にみますか」と前置きがある。
クリックして承諾すると「食道がん、2.61倍」「前立腺がん、1.42倍」などと表示される。
日本人の平均と比べたかかりやすさだ。
数値の基になっているのは遺伝子や疫学などに関するこれまでの研究成果だ。
遺伝情報の活用が進む米国では2013年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが自らの遺伝子のタイプから乳がんにかかるリスクが高いことを知り、乳房の切除手術を受けたことが話題になった。
ただ僕が受けたような遺伝子検査キットは事業者によってリスクの高低に違いが出たり、科学的根拠の乏しい評価があったりすると指摘されている。
発展途上のサービスで、結果から食生活を見直したり健康診断に受けるきっかけにしたりするのがよいという。
でも解析精度が上がったら遺伝子が深く関わる病気リスクの値は無視できなくなるだろう。
膨大な情報を使いプロ棋士をしのぐまでに上達した人工知能(AI)の囲碁ソフトの例もある。
将来、そんな現実を突きつけられたらどうすればよいか。最先端の遺伝子治療研究の現場も訪ねた。
東京大学の濡木理教授は「異常になった遺伝子を正しい状態に戻せば、がんは治る」と話す。
武器となるのが「ゲノム編集」という最新技術だ。遺伝子を自在に切り貼りでき、異常箇所をピンポイントで修復できると期待される。
濡木教授は「がんも注射1本で治せる時代が来るだろう」と見通す。
栃木県にある自治医科大学では花園豊教授らがブタを使い遺伝病などをゲノム編集で治す研究を始めた。
遺伝子をくまなく調べて望み通りに書き換える技術が、不治の病の治療に画期的な進化をもたらすのは間違いない。
しかし
取材を通じて僕の頭に浮かんだのは米SF映画「ガタカ」(1997年公開)だった。
遺伝子操作が当たり前になり、遺伝子操作されて生まれた「適正者」と自然に生まれた「不適正者」に選別される近未来を描いた。
心臓病で30歳までしか生きられない不適正者の主人公が宇宙飛行士を目指して努力を続け、他人の血液や尿を入手して遺伝子検査をくぐり抜け、夢をかなえるストーリーだ。
この映画の公開から20年。
高度な遺伝子操作技術を手にした人類はすでに「神の領域」に踏み込んだといえるかもしない。
引き返せない「ルビコン川」を渡った先には何が待っているのか。
個人情報が丸裸にされ、親が求める容姿や能力を持つ「デザイナーベイビー」につながる恐れもある。
遺伝子が
全てを決める世界を
許容できるのか。
人間の知恵も試されている。