昨年の古い記事ですが内容は秀逸。
サプリメントで筋ジスは治りません。
日本経済新聞より。
ゲノム編集
とiPSが両輪
気鋭が筋ジスに挑む
急速に普及し始めたゲノム編集の応用分野として期待が高いのは、従来の技術や医薬品では難しい病気の治療だ。
海外に比べて出遅れているとされる日本だが、じつはゲノム編集は再生医療などでの活用が期待されているiPS細胞との相性がよい。
ゲノム編集とiPS細胞を組み合わせ、若手研究者が筋ジストロフィーや心筋症などの治療に道を開く成果を出している。
京都大学iPS細胞研究所(CiRA)の堀田秋津主任研究員らは2014年、筋ジストロフィー患者から作製したiPS細胞で、病気の原因となる遺伝子の誤りを修復。さらにiPS細胞から正常な筋肉の細胞を作ることに成功した。実際の治療に使うには、作った筋肉の細胞を体内に戻す研究などが必要だが、これまで治らなかった難病の治療に突破口を開く成果だ。
■患者に起きた遺伝子異常を再現
最適の治療が可能に
カナダで遺伝子工学の研究に取り組んでいた堀田主任研究員が、CiRAに着任したのはまだ31歳だった2010年3月。着任した日に山中伸弥所長から「遺伝子治療をがんばってほしい」と声をかけられたという。
当初はゲノム編集とは別の方法を試していたが、使いやすいゲノム編集の技術を開発した広島大学と共同研究を始めて「研究がうまくいきはじめた」(堀田主任研究員)と振り返る。
ゲノム編集技術ができる以前は、遺伝子の一部を新たに加えることができても、不要な部分を取り除いたり、入れ替えたりすることは難しかったからだ。
筋ジストロフィーにはいくつかのタイプがあるが、研究の対象になったデュシェンヌ型は、筋肉のたんぱく質を作る働きをする遺伝子の一部が失われるために起きる。
遺伝子はエクソン(Exon)と呼ばれる部品がつながってできているが、一部が欠けたことでエクソンのつながり方がおかしくなると遺伝子の情報を読み取れなくなり、筋肉のたんぱく質が作れなくなるからだ。
欠けたエクソンを修復してやればもちろん、欠けたエクソンの直後のエクソンまでまとめて削ってエクソンのつながり方を修正しても、再びたんぱく質が作れるようになる。
堀田主任研究員らは、ゲノム編集技術を使い3通りのやり方で遺伝子の修復に成功。このうち、失われたエクソンを元通りに入れ直すやり方が、最も効率がよいことを確認した。いずれの方法も、30億個もの塩基でできているヒトのゲノムの狙った場所だけを正確に変えなければうまくいかない。
堀田主任研究員は「iPS細胞とゲノム編集は相性がいい」と説明する。iPS細胞は患者自身の細胞から作れるので、患者に起きた遺伝子の異常がそのまま再現される。
どのようなゲノム編集をすればいいか事前に試すなどして、その患者に適した遺伝子治療ができるからだ。ES細胞などでは、こうしたそれぞれの患者に合わせた治療はできない。
■30億個の塩基の中で1個だけを改変 心筋症の症状を再現
東京都医学総合研究所でもゲノム編集とiPS細胞を使って心筋症や肝臓病の治療を目指す取り組みが始まっている。
1月に発足したばかりの再生医療プロジェクトを率いる宮岡佑一郎プロジェクトリーダーは34歳の若さだ。
宮岡プロジェクトリーダーは、ゲノム編集技術に遺伝子の必要な部分だけを選びだすPCR技術などを組み合わせて、30億個の塩基でできているゲノムの中から1塩基だけを選んで入れ替える技術を開発。
その技術を使って心筋症の原因となる遺伝子の変異をiPS細胞に加え、心臓の細胞へと分化させると心筋症の症状が出ることを確認した。これまで難しかった心筋症の症状を再現することで、治療薬の開発などに役立つ。
「ヒトの細胞でどんな疾患モデルでも作れるようになった」。
宮岡プロジェクトリーダーは、ゲノム編集とiPS細胞を組み合わせることで一気に可能性が広がった利点を説明する。
ゲノム編集が登場するまで、遺伝子を操作して研究したい病気にかかった疾患モデルを作れるのはマウスに限られていた。
医薬品開発などに広くマウスが利用されているのはこのためだ。しかし、マウスとヒトは違うので、マウスでうまくいったからといってヒトでも効果があるとは限らない。
細胞レベルとはいえ、ヒトの細胞で病気の症状を再現できるようになれば、実際に効果が見込める治療法の開発がずっと容易になる。
■体内で直接、
ゲノム編集する治療薬の研究も
将来的には、ゲノム編集の機能をもったたんぱく質を直接、薬として治療に使うことも考えられている。例えば筋ジストロフィーの原因となる遺伝子の誤りを修復するたんぱく質を筋肉に届け、その場で遺伝子を修復できれば、より簡単に筋ジストロフィーを治療できるというわけだ。
様々な病気でゲノム編集を使った治療の研究が進みつつあり、こうした体内で直接、ゲノム編集する治療薬も「簡単ではないが、ここ数年の研究者の数や資金を考えると、そう遠くない時期に実現するのではないか」と宮岡プロジェクトリーダーは予想する。
ヒトの受精卵にゲノム編集を加えるなど、生殖分野の応用は慎重にすべきだとの声が世界的に強い一方、それ以外の治療には積極的に取り組む傾向が強い。
米国ではベンチャー企業が第1世代のゲノム編集技術「ZFN」を利用して開発したエイズウイルス(HIV)治療薬の治験を始めている。
英国では昨年、白血病の幼児にゲノム編集を施した免疫細胞を使う治療が行われた。
具体的な医療応用では慎重な姿勢が目立つ日本だが、iPS細胞という強みを生かすことで存在感を高められるかもしれない。
ゲノム編集
遺伝子に書かれた情報の中から、狙った部分をピンポイントで書き換えできる技術。
細胞内で機能する特殊なたんぱく質で、遺伝子を読み取り、目的の場所を探し出して切断する。
1996年に第1世代の「ZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)」が開発され、
その後、
第2世代の「TALEN(ターレン)」も登場した。
特に2012年に開発された第3世代の「クリスパー/キャス」はRNAを利用、目的の遺伝子が複数箇所に分かれている場合でも一度に操作でき、効率が飛躍的に向上したため注目を集めている。