私は真昼間に生まれたので、誰も出産には立ち会えなかったらしい。

携帯電話もない時代、仕事中の父も祖母も「昼休憩」で、

連絡がつかなかったそうだ。

生まれくるその瞬間から、私はマイペースだったんだな、と思わんでもない。

「え? 誰も来ないの? でもそろそろ出たいし、出るわ」

まぁ、そんな感じで出てきたんだと思う。

 

生まれたからには、育つしかねぇなってことで、

両親、母方の祖母、3つ上の兄に囲まれて、マイペースな私もすくすく育つ。

極度の人見知りで、地面ばかり見ていたような気がするけど、

幼なじみのいとこ姉妹とは仲良く暴れ回り、それなりの子供らしさはあったはず。

幾度となく母から聞かされた乳児期エピソード1位は、

「あんたは首がすわる前に寝返りをしたので、寝返るたびにひっくり返した」

(寝返るくせに戻ることはできず、放っておくと窒息するから)

笑い話として聞いてたけど、わりと普通に命の危機。

80年代の子育てには、良い意味のおおらかさと悪い意味のスリルが混在。

 

子供が多すぎて幼稚園に入れず、補欠クラスという謎のクラスに入る。

(児童は8人くらいだった。週に1回くらい、お母さんと一緒に通園。)

しかし7月頃、空きが出て途中入園が叶う。

しかし私は極度の人見知りが爆発していたので、毎朝泣き叫び引きずられ通園。

「幼稚園って、たまにお母さんと一緒に行くところだろ!なんで毎日行くのか!」

人生で初めての理不尽。

とりあえず何も考えずに過ごすことで、なんとか乗り切る。

この時から高校卒業まで14年、学校は一度も好きになれなかった。

 

このあたりは私が5月生まれの女児ということもあって、

発育は早い方で体は大柄、それなりに聞き分けもいい、ただの幼児だった。

筋ジスの兆候は特になし。

ちょっと走るのが遅いのは、運動が苦手なお母さんの遺伝、

あんまり笑わないのは、不愛想なお父さんの遺伝、くらいに思われていた。

 

もしも私が天真爛漫な性格で、キャッキャ笑ってる子供だったら、

「この子、よく笑うのに笑顔がない!?」って誰かが気づいたかもしれないけど、

いかんせんそうではなく、子供らしい無邪気さも愛嬌もない子だったので、

「まぁ、こんなもんだろう」って、みんな納得してたんだと思う。

 

まぁ、そんなもんです。