筋ジストロフィーは治療薬も治療法もない。
私が医者からもらえるのは、
「普通に生活をしてください」(無理なリハビリは逆効果)
という言葉と、マイスリーとロキソニンと胃薬くらいだ。
私の身体障害者手帳には第1種1級と記載されている。
電動車イスに乗り、自力では立ち上がることもできない。
外で働くこともなく、ずっと家の中で一人過ごしている。
私はそういう人生の、そういう生活の中にいる。
でも、それは大した問題ではない。
正直、筋ジスとか障害者とか、どうだっていい。
ものすごく、興味がない。
今、私が興味があるのは「僕のヒーローアカデミア」のアニメ3期の有無と、
B2サイズのポスターを飾るフレームは、何色が良いか?ということだ。
私は物心ついた時には「生きづれぇな」と感じていた。
その時にはピッタリくる言葉は知らなかったけど、
大人になって「生きづらさ」という言葉を知り、全身全霊で「それな」と思った。
私が筋ジスと判明したのは9歳。
「生きづれぇな」と感じ始めたのは、それよりもっと前。
そういう人間なのだ。
私の生きづらさの説明に、筋ジスや身体障害が入る理由がない。
ちょっと入れてみたことはあるけど、全然しっくりこなかった。
私の問題は、私が筋ジスで身体障害者だから生じるわけじゃない。
たぶん私は、真面目系クズなんだと思う。
非行に走ったことはない。
煙草もシンナーも吸ったことがないし、今まで彼氏は一人しかいない。
ギャンブルもやらないし、アルコールもたしなむ程度。
でも、真面目ではない。
どちらかというと、内面はとてもクズだ。
まず、働きたくない。
というか、働きたいと思ったことがない。
具体的に労働する自分を思い描くことができない。
でも、私は身体障害者で、しかもわりと重度な障害者なので、
生きているだけで「よっしゃ、ほな、お金あげるわ」って言って国がお金くれる。
住むところもそう。
いわゆる団地で暮らしていて、私の部屋は「障害者専用」の部屋だ。
団地に入居するには所得制限もあるので、
私は「貧乏な障害者」だから、住むところに辿りつけた。
5年前、母親が死んで、実家が消失して、何もかもなくなったけど、
私は障害者だから団地に住めることになって、行き倒れずに済んだ。
私にとって筋ジスとか障害者とか、それは大した問題じゃなく、
むしろそういうものがあったから、今もこんな風にふざけていられる。
私にとっては筋ジスも障害者であることも、
「ちょっと便利なライフハック」くらいのものであって、人生の重要課題じゃない。
いつかもっと症状が進んで、生活することもままならなくなったら、
筋ジスや吾輩は障害者である問題が、人生のど真ん中に居座るのかもしれない。
でも、それは今じゃない。
今はとにかく「僕のヒーローアカデミア」のアニメ3期があるのかどうかと、
ポスターを飾るフレームの色を何色にするべきか?が重要課題だ。
私はそういう人生の、そういう生活の中にいる。
そういう、ただのどこにでもいる人だ。