先日、ゲジゲジと対峙した。
ゲジゲジには、無数の足と素早さがある。
私にはゴキジェットと勇気がある。
そんな戦いだった。
始まりは、とある火曜の深夜。
気まぐれにテンションが上がった私は、料理をしていた。
安売りの野菜と鶏肉と煮て、数日かけて食べる。
そういう名もなき料理を作っていた。
そんな私の車イスの下、何かが駆け抜けていった。
カサカサカサッ……
「おあああああぁぁ」
女35歳、深夜、一人暮らし。静寂に吸い込まれる奇声。
足元(車イスの下)を駆け抜けていく、やたら素早い何かの虫。
その瞬間は「ゴキブリだ!」と思っていた。
シンクの下、虫の行方を探したけれど、その夜は見つからなかった。
翌朝。
(朝っていうか夕方だったけど。)
洗面所でぼんやりしていたら、
電気の付いていない真っ暗な台所から何かが、カサカサカサッ……
一瞬、洗面所に顔を出し、台所へ戻っていった。
何だよお前、恥ずかしがり屋の幼稚園児かよ、と思ったけど、
それは完全にゴキブリじゃない素早く動く何か、だった。
「ヘアピンカーブみたいなUターンする虫って何だ?」
混乱する気持ちを押さえながら、ゴキジェットを握りしめて台所へ。
暗い台所。
部屋干しの洗濯物を乾かすために、
一晩中つけっぱなしの扇風機だけが意気揚々と働いている。
「どこだ? っていうか何だ? コオロギか、ハサミムシか?」
視界の端っこ、炊飯器置場のふもとに、細長いゴミが見えた。
細長くて、黒いゴミだった。
「昨日、あんなゴミは落ちてなかった」
ざわつく心が不詳の相手にバレないうちに、先手必勝。
細長くて黒いゴミに向けて、ゴキジェットを噴射。
ロケットスタートを切る、細くて黒いゴミ改めゲジゲジ。
そう、ゲジゲジ。
ゲジゲジがここで登場ですよ、奥さん。
数多の足、無駄に速い動き、どうしようもなく気持ち悪いフォルム。
それはどこをどう見ても不快虫・ゲジゲジ。
吹き荒れるゴキジェット。首を振り続ける扇風機。
真顔の私。
やがてゲジゲジはキュウッと縮んで息絶えた。
私の心臓は16ビートを刻んでいる。脈拍が走っている。
そしてじっと、自分の手が掴み取った勝利、ゲジゲジの死を見つめた。
「死んでても、だいぶキモイな」
しかし私にはまだやるべきことがある。
そう、ゲジゲジの死骸回収と、ゴキジェットでテカテカになった床の掃除。
粛々と作業を進める。
ゲジゲジは透明なビニル袋に詰めた。(3重くらいにした。)
「週末、ゲジゲジの死骸を彼氏に見せよう」
あと、ツイッターに面白おかしく書いて、心を落ち着けよう。
ゴキブリが出ようが、ゲジゲジが出ようが、私は一人暮らし。
テカテカの床を拭きながら、私はまた一つ強くなった気がしていた。
2017年9月。
ゴキジェットを握りしめたまま、私は夏の終わりを待っている。
虫の出ない冬を、待っている。