手術の傷って糸で縫うものかと
思ってました笑


術後すぐはガーゼに覆われていて
分からなかったんですが
はじめてみたときはビックリしました

ホチキス!?

傷は生々しいのに不釣り合いな
ホチキスの針が平然とささってる!


「あぁ、糸きらしちゃったなぁ~おっ!こんなところにホチキス!これでいいや!バチンバチン!ってした訳じゃないから安心して~この方が傷跡も奇麗で楽なの!」

と先生おっしゃってた笑


☆☆☆


生まれて初めての一人暮らしが始まる

バイトも大変だった。
人と話すことがすごく怖くなってしまっていた

薬が強くて頭がうごかない
言葉がパッとでてこない


生活保護の申請にも行ってみたけど
市は相手にしてくれなかった
18の小娘の言うことなんか聞かなかった


薬を飲んで、とんぷくっぽい追加の薬も飲んで
それでも明日がくるのが怖くて怖くて


いつのまにかお酒を泥酔するまで飲まないと
次の日を迎えられなくなっていた


ロフトに首をつろうとしていた私を見て
私からやめさせようと暴れた
病棟に電話して看護師になだめられた


私、死にたくないなぁ


仕事に行くのが辛くて無断欠勤した
休むことさえ電話するのが怖い


でも結局、インフルエンザにかかって病院に行ってたと
終業ギリギリでウソの電話をした


インフルエンザなので1週間の休みをもらった


友達が心配して遊びに来てくれて
少し元気がでた


それから通院して母の看病にも
弟たちのご飯を作りにも行っていた



下の弟はこのままだと行ける高校がなくなりそうなところまで来ていた
私は市に相談して弟を児童養護施設に送ることを考えた


母の病状は安定しており時々レンタカーで一緒にでかけた
カラオケに行って、私の家で上の弟とお酒を飲んで笑った



私は都内のダンスの専門学校に行こうと思い
体験に通った。学費は高く新聞奨学生もうけた。

AO入試で受かった。


母はそれも怒っていた。
家族なのに一人だけ幸せになることは許せないようだ。


正直、自信はなかった。
仕事にも休まず行けているけど
私に本当にできるのか。


母は病気のあんたにできる訳ないと言い切った。


そんな時、学校から一通の手紙がきた

「私を特待生として入学させたい」というものだった
学費も寮費もただでいいらしい。


体験レッスンをみていた校長が許可したらしかった。


とってもうれしかった。