こまっちのつれづれ日記  -4ページ目

こまっちのつれづれ日記 

ブログの説明を入力します。

過日、鉄道写真家の広田尚敬氏の個展が開かれるというので半蔵門の方にに立ち寄った時の帰り道に東京メトロの半蔵門駅で東急8500系電車がちょうど来たので、カメラに収めました。

帰宅して写真を見ると車両番号が8625。早速調べてみたら何とびっくり。

昭和52年4月7日、東急新玉川線(現田園都市線)が開業したときの車両なのです。製造して30年以上になるのにまだ廃車にせずに走っているのですね。

当時、開業した日に初乗りに行きましたが、各駅では地元の商店会関係の人たち等で大賑わい。

派手な飾り付けも見られました。振る舞い酒もありましたね。私も美味しくいただきました。

開業当時は6両編成でした。現在は10両編成になってますね。

開業したことはとても喜ばしいことでしたが当時、私自身にとって不満な点も2つありました。

一つ目。駒澤大学駅が当時通っていた駒澤大学から徒歩10分位と遠いこと。何故もっと大学寄りに設置しなかったのかと。私は自転車通学でめったに新玉川線に乗っていなかったのであまり関係なかったですけど、たまに渋谷に出向く時など不便な感じがしましたし、友人の中には新玉川線が開通した後もバスを利用していたという人も少なからずいました。

もう一つは、これは個人的理由ですけど、旧玉電の車両の色が、黄緑と緑を基調でしたので新玉川線もそれに近いような色にしてくれたらなと(笑)。玉電ファンの人にとっては同じ考えの人もいたと思います。


玉電の写真も掲載したいのですが、自分の写真は手元になく、玉電関係のホムペなどで拝見することは出来ますが、版権等の事もあり、勝手に掲載できないので、詳細を知りたい人は、グーグル等の検索お願いします。



こまっちのつれづれ日記 

腰が痛い。

ギックリ腰というやつ。

下手すると今週いっぱい会社休むかも。

元々、腰痛持ちなんだよね。

いちばん最初にやったのは、高校時代に体育の授業でハードル跳んだとき、腰を捻って痛めたのでした。

しかし当時は16才と若かったので、帰宅後アンメルツを塗ったら一発で治りました。

その後、23才のときにやはり腰が痛くなって、この時は仕事仲間の知り合いの鍼灸師に針を打ってもらい、次の日には9割方治ってしまいました。

その後、何度か腰痛発生もだいたい1週間以内には治りました。

しかし、36才の時はかなりひどくて、激痛が走ってしまい、動けなくなりました。

このときは約2週間入院しました。

44才の時、この時は痛いというより痺れるという感じで、しかも以前から下半身が麻痺しているような感じだったので病院に行ったら、椎間板ヘルニアで手術が必要と言われ、目の前真っ暗。

生まれて初めての手術。しかも全身麻酔。

手術後、摘出した軟骨を執刀担当の医者に見せてもらってびっくり。長さ5センチ、幅2センチはあっただろうか。こんなに飛び出していたのかと。

2週間で退院予定だったのだが、体質的に傷が塞がりにくいようで、傷口が若干化膿してしまい、縫いなおしたため、退院が1週間遅れてしまいました。

その後、痺れもなくなり、たまに腰が張るような感じがすることはあっても、痛いという事は無かったのだが。

今回はどうなるかですね。

毎日暑い日が続く今日この頃。

腐れ縁的友人と、池袋の創作料理的な店で飲食。

和食と中華が入り混じったような感じの店でした。

店内は解放感丸出しといった感じでテーブルも椅子も大きい。しかも椅子はソファみたいでフカフカ。

刺身やらサラダやら色んなもん食って、最後のシメに注文したのが、写真にある激辛ラーメン。

注文するとき、店員さんから「かなり辛いですけど大丈夫ですか?」との問いかけに、「俺たち2人は辛いの大好きなので」と返答。しばらくして出てきたのを見てびっくり?

写真が少し見ずらいけど、石焼き風のどんぶりの右に光っているのは何と花火。

飛び出るほど辛いということを表現するかの如くパチパチと火花が飛び散ってました。

二人で顔を見合わせて笑ってしまいました。

ちょうどこの日、隅田川の花火大会があったので、感覚的にリンクしていたみたいな気分でした。

味的にも程良い辛さでGood。

暑さが吹っ飛びました。



こまっちのつれづれ日記 
こまっちのつれづれ日記 

今場所十両東8枚目に昇進した我が駒澤大学出身の松谷でしたが、残念ながら6勝9敗と負け越してしまいました。

来場所の奮起に期待しましょう。

しばらくです。

いろいろあって更新が滞ってしまいました。

少し前の話ですが、7月11の参議院選挙、投票してきました。

誰に投票したかは、だいたい想像つくと思います。

残念ながら落選してしまいました。

ところで選挙運動期間中、渋谷で2人のタレント候補の街頭演説を聞く機会に恵まれました。

それも別々の日でした。なんという偶然!

その2人とは庄野真代と三原じゅん子です。

いづれも自分が若い頃ファンだっただけにびっくりといった感じでした。

庄野真代は残念ながら落選でしたが、三原じゅん子は見事当選と明暗を分けた結果になりました。


こまっちのつれづれ日記 

こまっちのつれづれ日記 

こまっちのつれづれ日記 

こまっちのつれづれ日記 

NHKの大相撲中継中止。

残念です。

でも18時頃から、ダイジェスト版で放送されるようですね。

完全放送中止でないだけ、せめてもの救いかな。

でも変な話、サラリーマンは土日以外は中継を見れないので影響は少ないのかな?と勝手な事を言ったら中継賛成派の人からヒンシュク買うかな!?


神宮第二球場で開催された東東京大会に行ってきました。

天気が心配されましたが、時折り晴れ間がのぞく好天気に恵まれて良かった。

10時開始のこの試合。約15分遅れで到着すると、すでに高校および大学時代の同窓生仲間がいました。

相手は青山学院高校。

試合の方は両チームの得点のほとんどがホームランによるもの。しかもこの日はすべてレフト側に叩きこまれた。

結果は8対2で勝利を収めました。

大学では、東都大学リーグにおいては昔から青山学院大とは相性が悪い相手なのだが、大学の仇を高校が取ったような感じでしたね。「溜飲が下がる」って言う難しい言葉がありますが、正にその通り。




こまっちのつれづれ日記 

こまっちのつれづれ日記 
上2枚

狭い上に圧迫感のあるこの球場。

好きになれません。

駒澤大学が所属している東都大学リーグは1部リーグは神宮球場、2部リーグは神宮第二球場での使用を基本としています。

かつて、全国制覇したことのある駒澤大学ですが、2年程前、1部で最下位になり、2部優勝の大学との入替戦にも敗れてしまった駒澤大学は2部に陥落となってしまったのでありました。

大学の方もこんな球場、早く脱却して広くて解放感のある神宮球場に移りましょう。
こまっちのつれづれ日記 

こまっちのつれづれ日記 

最後の打者を打ち取った瞬間。
こまっちのつれづれ日記 


こまっちのつれづれ日記 

応援してくれてありがとうございました。

こまっちのつれづれ日記 

スコアボードです。

たった今、サッカー負けた。

パラグアイ戦、双方得点が入らず、延長にもつれ込んだものの、これまた得点入らず。

PK戦にもつれ込み、惜しくも敗戦。

でも大善戦でしたよね。

負けて悔いなし。

普段あまりサッカーには感心ないのだけど、この時だけは別。

テレビに見入ってました。

次回に繋がる試合だと思ったので、負けたけど満足かな。


閑話休題

大相撲の話題も気になる。

むしろ、こっちの方が気になる。

名古屋場所中止問題で揺れていたが、予定通り開催が決定しました。

まずは安心。

世間を騒がせた事件でしたが。

個人的考えを言わせてもらえば、開催すべきと思いました。

一番の理由。

今回の野球賭博に関連していない大部分の力士の立場はどうなるの?

本場所と言うのは一生懸命稽古していた力士のいわば、発表の場でしょう。

それを一部の力士のために中止にするのは、どうなのか?




巷では、サッカーの話題で大盛り上がり。

日本が、下馬評では不利と言われていたカメルーンに勝利を収めたことは凄いの一言。

このニュースの影響でプロ野球のセパ交流戦の話題など馬耳東風。

この話を知人にしたら、あれ?まだやってたの?という返事が返ってくる始末。しかもその人、サッカーファンではあるものの、野球ファンでもある人なのですよ。頭の中はサッカーでいっぱいなのでしょうね。(笑)

今日テレビで東洋大学対東海大学で行われた大学日本一を決める、全日本大学野球選手権大会の決勝戦がテレビで放映されていました。

結果は東洋大学が5対0の完封勝ちでした。

かつては我が駒澤大学も優勝したことがありました。

応援観戦に行った事もありましたねぇ。

その頃のメンバーには、鶴田(中日→広島)、高木(西武)、河原(巨人→西武→中日)、本間(ダイエー)などそうそうたる選手達がいました。

話、遅れましたが、春の東都大学リーグの2部リーグは青山学院大に次いで2位でしたね。

秋のリーグ戦では是非優勝、そして入替戦勝利で1部復帰を果たしてもらいたいと願います。