昨日、大相撲九州場所の番付発表があった。
新大関の琴奨菊に関心の集まるところだが、私が一番関心をよせていたのが、先場所、十両優勝はならなかったものの東十両5枚目で11勝4敗の好成績を挙げた松谷です。
やはり、予想通り新入幕を果たしました。地位は東前頭15枚目。
四股名も松鳳山に改名して心機一転の気持ちが現れている。
体重をもっと増やして10勝を目標にしているようです。
昨日、大相撲九州場所の番付発表があった。
新大関の琴奨菊に関心の集まるところだが、私が一番関心をよせていたのが、先場所、十両優勝はならなかったものの東十両5枚目で11勝4敗の好成績を挙げた松谷です。
やはり、予想通り新入幕を果たしました。地位は東前頭15枚目。
四股名も松鳳山に改名して心機一転の気持ちが現れている。
体重をもっと増やして10勝を目標にしているようです。
先週の日曜(23日)高校の同窓会がありました。
卒業して35年位経っているので知ってる先生はごくわずかでしたが、高校卒業以来初めて会った人もいて、懐かしかったです。その人からは、「おまえ酒強いなぁ」と言われたりしました。」
そして「自分も若い頃は大酒飲みだったけど、糖尿を患ってインシュリンを手放せない生活になっちまって酒なんかとんでもないよ」なんて言ってました。
私も、血糖値がやや高いので節制しなければと思いました。
あっという間に時間が過ぎ去っていき、お互いメール交換をして再会の約束をしてお開きとなりました。
現在開催中の大相撲秋場所。
十両東5枚目の松谷が調子いい。
今日も勝って10勝2敗。
来場所の新入幕が見えてきた。
駒澤大学相撲部出身で2006年3月入門後、順調に出世し、幕下上位で少しもたついたものの、2010年5月場所新十両に。
ところが、7月場所後に賭博容疑で2場所の出場停止。
幕 下から出直しとなったが、2場所連続の全勝優勝で十両復帰。
そして前述の通り、今場所絶好調。十両優勝も狙える。
あと3日間頑張って是非十両優勝を果たしてもらいたいものだ。
現在四股名は本名のままなので、入幕したら新しい四股名を考えてくれるといいかなという気持ちです。
成城学園前駅でこんな電車を発見!
「ドラえもん」、「パーマン」「オバケのQ太郎」などの絵が施された車両。
近く開館する川崎市多摩区に建設中の「 藤子・F・不二雄ミュージアム」を記念してのラッピング電車のようです。
藤子アニメと言えば代表的なのは「ドラえもん」ですよね。
でも私がいちばん好きだったのは「オバケのQ太郎」でした。
空を飛んだり、消えることは出来るのに、オバケのくせに化けられないので、いつもみんなから馬鹿にされていました。
大の犬嫌いで、寄ってくると泣きそうな顔で逃げ出すんですよね。空を飛べば簡単に逃げられるのに、何故か走って逃げるんだよね。
何枚か写したので掲載します。一部画像処理してます。
二日目は。「ノロッコ号とバスでのくしろ湿原めぐり」という阿寒バスの定期観光バスの乗りました。
コースは以下の通りです。
釧路駅前(8:25発)~ 丹頂鶴自然公園~ 釧路湿原展望台~ コッタロ湿原展望台~ エコミュージアムあるこっと~ JR塘路駅、ノロッコ号乗車(12:07発) ~ JR釧路駅(12:54着)
~フィッシャーマンズワーフMOO
最初に回った丹頂鶴自然公園は文字通り丹頂鶴をオリの中で飼育しているところです。
何羽飼育されていたのか定かではないけど20~30羽位なと。
天井にはオリが無いので外に出る丹頂鶴もいるようだけど、しばらくすると戻ってくるようです。
入口には館内ホールが設置されていて、丹頂鶴のはく製や写真などが所狭しと展示されていました。
そのあと、釧路湿原展望台、コッタロ湿原展望台と二つの展望台を回る。
釧路湿原展望台には、ミュージアムが併設されていて、釧路湿原の歴史や生息している動植物などが展示されていた。
ミュージアムの屋上が一応展望台となっていたが霧があってはっきり見えなかった。
コッタロ湿原展望台は小高い山のような所で展望台まで登っていく。ちょっとした登山なのかなという感じ。
さっきより霧が減っていたので展望台から見た眺めは良かった。霧の有無を差し引いてもコッタロの方が眺めがいいような印象。
つぎに立ち寄った「エコミュージアムあるこっと」はさっき見た釧路湿原展望台のミュージアムと大同小異といった感じでした。
そばに、塘路湖(とうろこ)があり、神秘的できれいな湖でした。
そこからすぐ近くのJR塘路駅で観光バスからノロッコ号に乗り換える。
駅舎の中に併設された喫茶店というか軽食堂にはSLのナンバープレートが所狭しと飾ってあり写真に収めようとすると、「撮影禁止です」と言われる。口の聞き方が荒くて
気分を損ねた。一言、断らなかった自分も悪いかも知れないけど、もう少し言葉使いというものもあるだろう。ちょうど昼時で小腹もすいていたし何か食べようと思っていた
けど止めた。
間もなく「ノロッコ号」がやって来た。ディーゼル機関車牽引の5両編成だ。ここから釧路駅まで1時間弱の行程だ。
沿線からも釧路湿原が眺められる。途中、景色のいい所では停止もしくは徐行してくれる。
釧路駅に到着して改札を出ると観光バスが待っていてくれる。そこから最終到着地のフィッシャーマンズワーフMOOに行く。
ここは、土産物や食堂などがある、いわばショッピングセンターといったところか。
ここで、少し遅めの昼食を摂る。
メニューの中に「くじらの生姜焼き」というのがあった。850円と少し高いかなと思ったけど、これは珍しいとばかりに早速注文。味的には可もなし不可もなしといったと
ころか。
ショッピングコーナーでお土産を買う。荷物になるので宅配便で自宅に送ることにした。
このあと幣舞橋(ぬさまいばし)周辺を散策とたあと、この日と翌日2泊する「エスカル釧路」に向かう。
チェックインの手続きを済ませて部屋に入る。この部屋は和室だ。
ホテルというと圧倒的に洋室が多いけどこのホテルには和室もあるので予約する時に和室にした。
自分的には和室の方がリラックスできる感じがする。
さて、今日の夕食は何処にしようかなと、観光ガイドを見るとちゃんこ料理店に目が止まった。
「ちゃんこ料理坤龍(こんりゅう)という店だ。
相撲に関しては結構詳しいので坤龍という力士の名前は知っている。昭和47年頃二所ノ関部屋にいた元十両力士だ。引退後に開いた店のようだ。店内には4人グループの人
たちがいた。
ところが、その4人グループのうちの1人が思わぬ偶然話となる。
詳細、内容については後述する。
さて、折角ちゃんこ料理店に入ったのでちゃんこ料理を食べないと、と言うことで早速注文。
さすが、元力士が作るだけあって美味しい。鶏がら系醤油味だ。
食べながら相撲話に花が咲く。同じ部屋の大横綱の大鵬や同時期に活躍した元大関の大麒麟、プロレスに転向した天龍などなど。
大鵬は雲の上といった感じで、ほとんど会話を交わしたことはなかったと言ってました。
店内には現役時代の化粧回しや写真などが飾られてました。
相撲以外では、元ヤクルトスワローズ監督の古田敦也のサインがあったのにはびっくりしました。
腹も溜まったのでホテルに帰り明日にそなえて寝ました。
すこし前の話ですが、6月初旬に北海道に行ってきました。
とりあえず一日目から。
二日目以降、随時更新していきます。
夜勤明けで、9時発の釧路行きに乗る。
機内はほぼ満席。約1時間半で釧路に到着。
思ったほど寒くない。釧路駅行きのバスに乗り、昼ごろ到着。
この日泊まるコンフォートホテルにチェックインの時間には早いので、とりあえず荷物だけ預けて早速市内散策。
「末広」と呼ばれる繁華街を散策したものの開いている飲食店は少ない。
やっと見つけたそば屋に入る。
何にしようかなと少し迷ったが「鴨せいろ」を注文。
待つこと数分。出てきたソバを見て少しびっくり、緑色なのだ。
茶そばを注文した訳でもないのに何故緑なのかなとその時は思ったが、後で聞いた話だと釧路のソバは緑色が多いのだそうだ。
さらに帰京後に調べたら緑色なのはお茶ではなくてクロレラなのだそうだ。
味的には結構美味しい。
食後の散歩ということで、「和商市場」を見て回った後、近くの公園にSLがあるのを発見。
写真に収めたりしているうちにチェックインの時刻が近付いたため、ホテルに入る。
夜勤明けでまともに寝ていないので、風呂に入ってからしばし睡眠。
18時位に眼がさめる。夕食にはちょうどいい時間だ。
さっき散策した時に目を付けていた「釧路食堂」という生鮮系の居酒屋に入る。
最初に出たお通しにびっくり。毛ガニの半身が出てきた。
東京で食べる冷凍物のカニとは一味も二味も違う。
注文したのは、真イカ刺身、つぶ貝焼き、ししゃも。いずれも良かったです。
おなかもいっぱいになったのでホテルに戻り、テレビを見たり観光ガイドをながめているうちに、いつの間にか寝ていたした。
元キャンディーズで女優の田中好子の訃報には、私もショックでした。
どう言葉に現したらという気持ちですね。
私が大学生時代、人気絶頂のアイドルグループでした。
勿論、私も大ファンでした。
テレビのワイドショー的番組にミキとランが弔辞を述べるシーンを見て泣けてきました。
今でもカラオケで、よく歌ってます。
好きな曲はと聞かれると迷うことが多いですが、「年下の男の子」、「春一番」、「やさしい悪魔」がベストスリーですかね。
押し入れの奥の方に、昔買ったレコードも幾つかあるけど保存状態が悪いので、多分聞けないだろうなぁ。
地震凄かったですねぇ。
今頃になって地震の話かよと思う人いるでしょう。
実は、地震でタンスの上にあった箱が転げ落ちてパソコンを直撃して壊れてしまい、渋谷のビックカメラに修理に出していました。その時は、10日位で完了するとの話だったのですが、同じような理由で修理に出した人が多かったようで遅れてしまい、先週末やっとビックカメラから修理完了の連絡が来ました。
パソコンが戻ってやって投稿できるようになったので、地震の日の出来事を記します。
この日はたまたま夜勤明けで家にいました。或る意味、運が良かった。交通機関がストップして何時間も歩いて帰宅した人も多かったです。
この日の夜は高校の同窓会の幹事会の予定がありました。
最初は建物に損傷を与えるほど大きな地震ではないだろうと思って出る予定だったのですが、テレビニュースを見ていて尋常ではない事を知り、予定通り開催するのだろうかと思い、電話やメールを送りましたが応答なし。
余震が何度か続いて不安だったし交通機関が止まっているので、これはダメだと考え、自分も不参加のメールを何人かに送りました。
夜中になってやっと中止のメールがYさんから届きました。
不安で寝れないので酒をあおったものの、それでも寝つけず再び酒の力を借りて夜が明ける頃やっと眠りに就いたようでした。
パソコンのない生活は辛かったです。計画停電の時間や電車の運休予定などが分かりづらくて大変でした。