AI時代の大学教育「“ゼロリスク主義”では世界に取り残される」東京大学・鈴木寛教授
1.生成AIは画像や音声など大量の情報を容易に処理し、人間の知的活動を大きく拡張する技術として急速に普及している。大学教育や研究はどのように変わるのか。生成AIの仕組みや教育政策に詳しい鈴木寛さんに聞いた。発売中のAERAムック「大学ランキング2027」(朝日新聞出版)より紹介する。新しいテクノロジーとして生成AIやDXがさまざまな分野で急速に広がっている。なかでも教育、研究の現場では最重要課題。
2.大学は、知のあり方を考え、学問の根本を見据える場所です。そのきっかけとして生成AIは大きな役割を果たします。言語や数字など、記号化された知の情報を爆発的な勢いで処理するなど、人間の知的活動をエンパワーしてくれまる。昨今、大学ではこうした生成AIの特性としっかり向き合い、うまく活用できるようになり、知がさまざまな層に広がっている。有名教授の論文や講議をもとに作った教授AIで、随時どこにいても学べる、大量で難解な文章を要約して読むことができる、これから取り組むテーマの準備ができる、など。生成AIを使えば画像や音声データを容易に扱うことができ、膨大なデータに対応できる。これによってアナログ時代よりも答えが早く正確に導き出されるので、教育、研究をより効率的に進めることができる。それによって、これまで成果をあげられなかった分野を大きく引き上げることも可能になってきている。
3.AI時代の教育格差と教育現場の役割。教育現場においてはAI教育格差(デジタルディバイド)の問題も重視されている。家庭環境や学校環境による差を埋めるために、社会や、教育の現場が先に整えるべきこと、対応策はあるとお考えか。新しいツールができると世間はすぐに「均等に行き渡るか」を意識する。しかし実はこれまでも、地方在住者、低所得家庭、障害を持った方などに教育が十分に行き渡らないなど、教育格差は存在した。既にアナログ時代に生じている格差を是正する最大のツールの一つが生成AIだ。パソコンやスマホがあれば、どこにいても等しく利用が可能なのだから。
4.しかしそれを正しく使いこなせる人材や、関連する教育カリキュラムが、どの家庭、教育機関にも等しく行き渡るかという問題はたしかにあります。特に教育の現場においては、公的投資が求められます。ただ、日本は政策決定においてコンセンサスを過度に重視します。生成AIのような最先端技術に理解を示すのは少数派なので導入が遅れがちです。AI教育は重要だと強く訴えるリーダーシップが求められます。知の格差を新技術で埋めるんだという世論形成をするためのメディアの力も必要です。日本はゼロリスク主義なので、リスクが生じたらすぐ止まって、新しい技術を問題視してしまう。しかしそれでは、世界に取り残されてしまう。
教員は生成AIとどのように向き合えばよいでしょうか。妄信するか、抵抗するか。新しい技術に対しては、過剰に反応してしまいがちです。ここは創造力を発揮して生成AIをうまく使いこなしつつ、人間にしかできない能力を高めていくことが教育現場に求められます。では、人間にしかできない能力とは何か。それは言葉や数字に置き換えられない、いわば記号化できない知です。人体、地球環境、生命活動、生態系などで未解明のことがたくさんあります。人文社会系でも哲学、文学、歴史、倫理、アート、身体性などには記号化できない知があります。こうした領域での生成AIの活用はまだ、限界があります。一期一会、唯一無二の実存であり再現性がないため、AIだけでは答えが出せないのです。
また、人間は何に対して感動するかといった心の動きなども生成AIではわかりません。ディスカッションの練習は、“ある結論”を導き出すためならば生成AIでも可能です。しかし、楽しいディスカッションを作ることについては、心の動きを読み取ってインスパイアされなければならないので、生成AIではしばらくむずかしいでしょう。
学生がリポートを生成AIに作らせた場合、教師はどう見抜くかという問題が、度々話題になっています。
その問題は、教員の創造性欠如が招くものだと思っています。授業の仕方、試験やリポートなどで作問の仕方を工夫すれば解決できます。そもそも生成AIで答えられるようなリポートを求めることが間違っていると思うべきです。生成AIを使えば成立するような課題の出し方をして、生成AIの使用を禁止するというのはナンセンスきわまりないです。
5.どうしたらいいか。とても簡単です。作問の内容、評価を変えればいいだけの話です。学生一人ひとりのオリジナルの実体験、唯一無二性を問えばいいのです。生成AIにこれらを問うたところで「あなたの過去を知りません」としか答えてくれない。多くの教員は作問を工夫せず、まるで「過去問」を出しているだけです。ちょっと考えればいい。教員はもっと知恵を出しましょう、ということです。これからの時代、生成AIを活用することは当たり前。その上で、どのようなアウトプットができるかを見極めるための課題の出し方を、教員は考えていくべきです。それが生成AI時代を生きる人材を育むために必要な学びともいえます。
ェルビーイングが大学改革を進める。生成AIの活用などで、注目している大学はありますか。
生成AIの活用そのものという観点ではありませんが、AI時代の学びをより意識しているのは東北大、東京科学大でしょうか。ガバナンス、リーダーシップがしっかりしていて、教育、研究の改革にあたって前向きな姿勢で挑戦し続けており、ネクストステージでは新しい大学になろうとする気概を感じます。
東北大は入試制度を抜本的に変え総合型選抜による受け入れを大幅に増やそうとしています。東北大は東北地方において圧倒的なインフルエンサーですので、既に地域の小中高校に大きな影響を与え、より創造性のある人材を大学に集めています。いわば人材のエコシステムを変えたのです。
東京科学大は理工系と医学系の統合をやりきって、教育、研究水準を高めようとさまざまな改革に取り組んでいます。
私立大では早稲田大がグローバルな視点で大学を変えました。世界政治学会会長をつとめた田中愛治総長のリーダーシップは大きいですね。これに慶應義塾大が刺激されて改革を進めようとしている。早慶が切磋琢磨する、良い流れだと思います。
――生成AIの活用にあたって大学に何が求められていますか。
残念ながら、多くの大学で生成AIを活用しきる意識改革が進まず、海外の大学に後れをとっています。その要因としてウェルビーイングな状況で、教育、研究に取り組む教員が少ないことがあげられます。
6.ウェルビーイングとは身体や精神面、社会的に良い状態にあることで幸せや生きがいを感じること。教員をとりまく職場、地域、社会に幸せ、豊かさを感じられる状態にあり、自由をしっかり確保できることです。ウェルビーイングな研究者が増えれば教育、研究の質は高まります。
――ウェルビーイングは大学にどのような効果をもたらしますか。
自分の内面から研究したいという意欲が起こり、意義、楽しさを感じることができる。これが内発的動機づけであり、創造性の源となります。日本は外発的動機づけ、たとえばこうしなければ研究費を得られないというようなアメとムチで、研究をやらされている状況です。それでは優れた研究成果は得られず、たとえ研究が進んだとしても、それは市場原理に基づく経済活動であって、大学の創造的な研究とは言えません。
いま、大学にとって最大の課題は、若く有為な人材が大学に残って研究者にならないことです。人生をかけて研究に打ち込んでもウェルビーイングな状況ではない。こうした環境を改善しウェルビーイングな大学にしていく。そうすれば教員はいまだ誰ものぼったことがない山をのぼり、自分で道を切り開いていくわけです。精神的に充実するなかで、生成AIなど新しいツールも有効に活用しながら主体的に研究のフレーミング(枠組み)をしっかり作る。これによって日本の大学教育、研究は大きく進化し良い方向に変わっていくと思います。
東京大学教授 鈴木寛(すずき・かん)
1964年生まれ。東京大学法学部卒。86年、通商産業省(当時)に入省。慶應義塾大学環境情報学部助教授を経て、2001 年から13年まで参議院議員。文部科学副大臣、文部科学省参与、文部科学大臣補佐官を歴任した。ウェルビーイング学会副代表理事。
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