~涙の数~


第1部

第一章

 「今夜は、何を食べようかなー」と彼女は口に出した後、キョロキョロと周りを見渡した。
 思わず、唇を噛むと、(あんなセリフ呟いたら、この歳でまだ独身だということが、バレちゃうかな?)と思う矢先に、目の前のおっちゃんに、「この辺りにトイレ有りませんか?」と訪ねられた。

 丁寧にトイレへの道順を教えた恵子は、元の紳士服売り場へと戻る。
 「ちぇっ、あのおっちゃんに聞かれちゃったかな?」
 「といっても、困るわけでもなんでもないしなぁー」
 持ち場に戻った恵子は、独りぶつぶつ言っている。
 「また、恵子の独り言が始まってるよ」誰にともなくそう言ってレジから恵子の方に向かったのが、同期で友達の涼子だった。
 仕事上のためか、2人とも、長い髪を途中で結んでいる。
 そのためかどうか、2人とも、顔立ちが似通っていて、まるで知らない人が見たら双子と見間違えるようだ。
 だが、よく見ると涼子の左手薬指には、指輪が光っていた。
 この指輪が、涼子と恵子の違いを物語っていた。
 そして、これが、恵子のため息のもととなっているのは、先ほどからの恵子の視線をたどれば明白といえる。


 「ふーっ、助かった。」
 そう呟く諷太は、「あのお姉さんのおかげで、ちびらずに済んだぜ、しかし本当に広いショッピングモールだな・・・迷子になりかけるのも、うなずけるや。」
 「車は駐車場に止めはしたけど・・・無事に、戻れる・・・いや 車まで辿り着けるかどうか、心配になってきちまったぜ。・・・こんなところ来るんじゃなかったなぁ・・・。」と、額から汗が噴き出してきた、諷太であった。


綜太は汗をかいていた。
寝汗だ、また、夢を見ていたのか。
綜太は、夢を見る度に汗をかく、だが、目が覚めると夢のことは、すべて忘れてしまう。
だからか、怖くて人と会話ができない。
いわゆる、自閉的と言われている人に属する。
しかし、綜太は、自分が、自閉的であることも知らない。
もっとも、そもそも、そういうたぐいの話しに興味がないのだ。
自分の内の世界で、好きなようにしている方が楽しいのだ。

自分の内側の世界には、誰も入ってこれない正に僕の造り上げた世界そのものだ。
(そういう言葉自体も知らない彼がそういうことを考えているなんて、誰も思いもしないだろうが…。)


 「いつからだろうねぇお父さん」と切り出したお母さんは、味噌汁を片手に、一飲みする。
 お父さんは、何も言わない。
味噌汁を飲んだお母さんは、続けて話す「夫婦の間に会話が、なくなったのは、」「私が、綜太を助けられなかった日からですよねぇ…お父さん」
そう言って重子は泣き伏した。

 

 いよいよ、その日は、訪れようとしていた。
 将軍よ、このリモコンのスイッチを入れるだけで、世界は破滅、我らが将軍団が世界を治めるんだ、フフフ。
(さあ、押すが良い。 さあ、早く。 はっはっはっはっはっはっ)



第二章

 その日は、突然やってきた。

 涼子が、切迫流産してしまったのだ、原因はどうやら夫の言動にあったと知ったのはそれからまもない日だった。

 涼子の入院先の都大総合病院は名前の通り病院の万屋だ、歯医者まである。

 余談だが、入院患者のために、美容院があるのにはビックリだ、もっとも、格安店で、病院外向けにも営業しているから成り立っているのだろう。

 今日は店が休みの日のだったので、恵子は涼子のお見舞いにやってきた。

 涼子の旦那さんは来ておらず、涼子の叔母さんが付き添っていた。

 涼子の叔母の八重子が言うには、まだ、ショックが大きいようだから、ということで、涼子には会わせてもらえずに、そのまま喫茶店に連れて行かれた。

 「恵子さんは知ってたの?」と八重子は尋ねてきた。

 何のことか判らない恵子は「はぁ?」と尋ねる。

 八重子は、「なんでも、旦那さんと喧嘩したらしいわよ。」

 「えっ、何で?」

 「それが判らないし、涼子からも聞けなかったから、恵子さん知ってるかと思ったのよ。」

 「えっ?、突然のことだし、涼子、旦那さんとうまく行ってないなんて話ししたことなかったわ。」

 「そうなの・・・恵子さんも知らなかったんだ・・・」

 だれから聞いたのか、八重子は、「どうもね、流産する前に旦那さんと大喧嘩したって話しよ。原因はね、涼子の弟さんが、また、閉じこもったことにあるって話しよ。」

 えっ?「綜太くんが?閉じこもりって、でもそれって今に始まったことじゃ無いのに・・・」と恵子が言いかけたが。

 「それがね、涼子の旦那さんようやくカウンセラーの資格が取れたらしいのよ。」との言葉に思わず、「えーっ、それが夢だって言ってたわよ。良かったじゃないの。」と驚きの声を上げた。

 続けて、八重子は、「カウンセラーの資格取れたから、派遣社員辞めて、この、都大総合病院に勤めたいって話しになったらしいのよ。」と繰り出すが、続いて、「でもね、涼子がそれに反対したらしくて・・・」

 「えーっ、何でだろう?」と驚く恵子。

 「でしょう?それが判らないし、涼子が話してくれないから。」

 そっかー、それで、私を連れ出したのか?と一人合点の恵子は、思いついたように、「そっか、じゃあ、旦那さんの俊也くんに話を聞いてみようかしら・・・」そう八重子に告げて、恵子は早々と喫茶店を後にした。


 諷太が何を探しに来たのかは誰も知らない。何故なら、諷太自身何を探しに来たのかが、思い出せなくなっていたからだ。

 「畜生、俺はいったい何しに来たんだ。」そう呟いた諷太は、目の前のポスターを見て、愕然とした。

 「このポスターは・・・この絵は確か・・・あいつの絵に似ている。」諷太は見逃さなかった、絵の隅に印されたあいつのサインを・・・。

 「もしかして、俺はこのポスターを探しに、このショッピングモールにやって来たのか?」

 「だとしたら・・・あいつは、今もあの絵を描き続けているというのか?」

 そう言った諷太は、改めてポスターに眼を凝らすと、幾つかのことに気がついた。

 一つ目は、このポスターが、都大総合病院の求人広告で、カウンセラーに限定した採用募集であること。

 二つ目は、多分これが採用試験なのか、「この絵から想定される、この絵を描いた人物の、性別、年齢、性格、病名をレポートで提出。」とある。

 三つ目は、採用枠は1名ということ。

 四つ目は、分かったのではなく、何故此処にこのポスターが掲示されているのか?という疑問だ。

 諷太が疑問に思うとおり、都大総合病院の求人ポスターは場違いな所に掲示されていた。

 何処かというと、笑えてくるのだが、求人ポスターは何と紳士服売場の試着室の内側に掲示されていたのだ、まるで人目をはばかるように・・・。

 諷太がトイレから出て、試着室の前に立ち止まらなければ、・・・それもカーテンが開いている状態で無ければ気づかない試着室の内側に、そのポスターは掲示されていた。

 不意に、諷太は周りを見渡した。

 すると、試着室の直ぐ近くにレジがあり、一見すると先程のお姉さんにそっくりな女性がレジに就いていたので、お礼方々ポスターの事を聞いてみようか?と思ったのだが、その矢先、レジに数人のお客さんが並んでしまったので、諷太は「ちぇっ」と舌打ちして、紳士服売場を後にした。

 しかし諷太は後に、何故其処にポスターが掲示してあるのか聞かなかった事を後悔することになろうとまでは、思いもしなかったのである。


 今日は都大総合病院まで飛んで見るか、と綜太は心の羽根を広げた。

 何故、都大総合病院を目標にしたのかは、綜太の知るところでは無かった。

 綜太は、まるで、宙を漂う様に心を浮かせ、ゆっくりと家を出る。

 白鳥が飛び立つかの如くふわりと心を漂わせた綜太は、都大総合病院へと向かった。

 その頃、都大総合病院の総務室には、綜太の義兄俊也が来ていた。

 総務室の人事担当課長が、鷺山俊也からレポートを受け取っている姿が見える。

 課長の山下勉は、穏やかな態度で、鷺山俊也と接している。

 「鷺山さんが一人目の採用応募者ですが、レポートの内容で不採用となるかも知れませんので、予めご承知置きください。結果は一週間後にお知らせしますので、その際の連絡用にこちらの採用依頼書にご記入頂けますか?」と言って用紙を差し出された。

 「はい」と言って鷺山俊也は必要事項を採用依頼書に書き込んでいった。

 綜太には知る由もないことだった、が、綜太はそんな場面を見てしまったのだった。



 都大総合病院の組織は、外来室、病棟室、看護室、総務室、営業室の5室からなり、外来室は更に、外科、内科、小児科、精神科、歯科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、循環器科とあり、全ての病気に対応している。

 その中で、精神科の科長をしているのが、院長の義弟である白鳥汰市である。

 都大総合病院精神科には白鳥科長を含めて、村雨宏志精神科医、谷啓子精神科医と合わせて3名の精神科医が在籍し、カウンセラーとして横田準子、巧打巧実の2名の臨床心理士が在籍する。その他には、精神保健福祉士1名が在籍する、都大総合病院の中の科では、人数が少ない科である。

 臨床心理士が女性2名ということで、男性の臨床心理士がいないということに白鳥科長は一抹の不安を抱いていた。

 それは、女性恐怖症の患者の治療に差し障りがあるためだ。

 やはりここは、男性の臨床心理士が1名欲しい、出来ればあの子の治療にも使える人材がいい、そう汰市は考えていた。


 破壊、破滅、滅亡、壊滅、次々と襲ってくる負の恐怖に将軍団は内部破壊される、そして、闇の中に消えていく・・・。

 彼の考えていることは、自己破壊に他ならない。

 自己破壊から、世界の破壊・・・世界滅亡、宇宙の破壊・・・宇宙滅亡、そう、彼の頭の中には破壊の二文字しか無かった。

 しかし、人々はまだ彼の存在に気がついていない、恐ろしいことだ。

 彼は産まれてくる時に母親の命を奪った、父親の命も奪った。

 それは、どういうことか。あろう事か、彼の尾てい骨が伸びていたのだ、そう、尻尾が生えていたのだ、それを見た・・・産まれる瞬間に立ち合った父親は顔面蒼白、助産婦さえ唖然としてしまった程の出産シーンであった。父親は誰に怒りを、誰を呪えばよかったのか、母親も誰に怒りをぶつけ、誰を呪えばよかったのか?、答えは無いまま日は過ぎていく・・・。

 担当医師も、手術で切り落とすことを考えたのだが・・・。

 しかし、ある日突然、彼の存在を知るあらゆる人物達が、突如として現世から姿を消してしまった。

 そんな出来事を、今となっては誰も知る人は居ない、・・・彼自身を除いては・・・。

 彼以外誰も知らないと思っていたのも彼自身だったのだが、・・・忘れ去られたように、一冊のスケッチブックが・・・彼の姿を描いたスケッチブックが、誰かの意思により現世に残されていたのである。

 もちろん、そのスケッチブックの存在を彼は知らない。


 昔産婦人科のあった病院跡地には、新しく都大病院が建設された。

 やがて、都大病院は産婦人科医白鳥栄子の手によって、都大総合病院へと生まれ変わることとなる。

 総合医療法人としては日本第1号である、総合医療法人白鳥会の誕生である。

 因みに、昔の産婦人科のあった病院は、しらとりレディースクリニックであり、後に、産婦人科医 白鳥栄子と結婚するのが、外科医 都大慶一である。

 都大慶一は天才と称される部類に属する腕を持つ数少ない外科医であり、経営の才能も兼ね備えた、優秀な外科医でもある。

 余談であるが、白鳥栄子の弟汰市とは、帝国病院付属大学で、汰市の先輩に当たり、意外と仲の良い義兄弟であることは、周知の事実である。


第三章

 これは、記しておかなければならない。


 彼は、そう、思っていた。


 これは記しておかなければいけないことだ・・・そう思いながらも、俺は、文字ではなく、絵により記していた。

 ・・・俺は絵を描いている、この絵に奴を封じ込めなければ・・・その思いでこの絵を描いていたはずだった。

 が、気がつけば・・・。「俺は、絵を描きたかった、こんな風な、己が心を癒やす、己がための絵を描きたかった。」そう言って彼は、自分の絵に微笑んだ。この絵に描かれた場所は・・・そう、奴が産まれた場所、リアルなまでに描かれた医療器具の数々、それらの存在を忘れさせるほどにくたびれた産台が一つ、絵の中程に描かれていた。

 その組み合わせ、構図、色使いが、この絵を妙にホッコリとした感じにまとめ上げていた。

 そして、その絵からは何とも言えない、情緒が醸し出されていたのだ。

 ただの絵に過ぎないそれは、その持つ情緒により、彼の心を癒やしていた・・・そう、懐かしい存在、故郷にも似た感覚と言えばいいのだろうか?

そんな、懐かしい、ホッとする絵が自分に描けたことを祝して、彼は自分のサインをその絵の中の右下にある検尿カップと覚しき絵に、自分の名前をそれとなく描き込んでいった。

「白鳥綜太」という名前を・・・


彼は知らなかった、「白鳥綜太」という名前を描き込むことで、本当にこの絵が、いや、この絵に、白鳥綜太という「奴」が封印されたことを。



 二月も終わろうという、寒の戻りで体調を崩しやすい時期に、村雨医師は患者の様態の一進一退に辟易していた。

 村雨医師は今ケース1の患者を受け持っている。

 ケース1とは、通院により精神療法を行っている、比較的安定した患者達のことだ。

 この時期、患者達は執拗に心身の不調を訴えることが増えてくる。暖かかったり、寒かったりの繰り返しで、患者でなくても調子を崩しやすいのに、敏感に寒暖の差を感知するケース1の患者達には容赦が無い季節だ。しかし、身体症状に心配して心の負担をかろうじて忘れていてくれるのなら、それも薬かと思うのであった。


 それに対し、谷医師は、薬物依存、アルコール依存、等々の依存性患者を受け持っている。いわゆるケース2の患者達である。

この時期、再発が起こりやすいので、患者と接する時間を少しばかり長くとるように心がけている。といっても、元来話し好きの谷医師は、一人の患者に対し20分前後の時間をかけている。

 何気ない話の中から、心配が必要か否かを見分ける術など無いが、なんとなく雰囲気で分かる気がする時もある。


 この二人の医師に重宝がられているのが、カウンセラーとして予診を行ってもらっている、横田カウンセラーと、巧打カウンセラーだ。

 主に、村雨医師の患者を横田カウンセラーが、谷医師の患者を巧打カウンセラーが受け持っている。

 二人とも、臨床心理士の資格を持つカウンセラーだ。

 その二人に交じって予診を行っているのが、宮部順子精神保健福祉士だ。

 宮部順子が、予診を行っているのは、患者とふれあい、ケースワーカーとしての仕事に役立てる為でもある。この病院での重要な仕事だと自負している宮部であった。


 けたたましいサイレントと共に、二台の救急車が都大総合病院の前に駆けつけた。

 この都大総合病院には救急施設がない、その代わりという訳でもないのだが、外科だけが24時間対応している。外科医が25名程居て、三交代制をとっているからこそ成り立っているのかもしれない。

 救急車で運ばれて来た男性は、口から泡を吹き、白目が見える。どうやらOD(オーバー・ドラッグ)のようだ、普通は麻薬の大量摂取のことを言うのだが、いつしか、睡眠導入剤の大量摂取の場合もそう呼ばれるようになった・・・が、詳しくは知らない。そもそもそのようなことが綜太に判るはずも無い。

この場に出くわした・・・と言っていいのか、今夜も、綜太は都大総合病院に心の羽根を飛ばして、宙に漂っている時の話だからだ。

そんな話を信じるのか?信じないのか?は別として、綜太は、綜太の心は宙に漂い、今起きている有様を・・・これからのことを見続けていたのだった。


綜太の心の眼には、救急車から担ぎ込まれる男性と、担当医の足早に駆けていく姿、そうして、もう一台の救急車から担ぎ込まれる女性の姿が、映っていた。


その姿を追う綜太の心は、宙を漂い、ふわりふわりと彼らの後をついて行った。


担当医何名かと一緒に一組の男女は、処置室へと連れられていった。

担当医何名かの顔ぶれの中には、白鳥汰市の姿があった。

汰市は、三月になってからのODの数に、言いしれぬ恐れを抱いていた。

「今日十三組目の発生か・・・」声ともならぬ声がこぼれる。


幾何かの刻が過ぎ、処置室から出てきた担当医の話では、胃洗浄はうまくいったようだ、が、まだ、二人は昏睡状態にある。

後は、様子見とのことだ。


二人は、第6病棟へと運ばれていった。

病棟室事務所には、既に、双方の両親が駆けつけてきており、入院の手続きをしていた。


こうして、三月も始まったばかりというのに、第6病棟は満室となってしまった。


 涼子の旦那さんに話を聴きに行くと言って喫茶店を後にした恵子であったが、その足取りは軽くは無かった。「この時間・・・」と言って腕時計から目を離した恵子は「俊也くんはどこに居るのやら・・・?」あてもなく歩いていた恵子の足下に、風に吹き飛ばされて来た一枚のチラシを見つける。そのチラシを見た恵子の眉間に縦皺が増えていく。

「これって、この絵ってどっかで見た気がする。」

これ以上縦皺が増やせなくなるところで、恵子は気がついた。「そうよ、あのポスターの絵の感じに似ているんだわ。」そう言えば、変な話だったなー、あのポスターの貼り場所には・・・と、思い出している矢先に、けたたましく、サイレンが鳴り、恵子の横を救急車が通り過ぎていく。

その過ぎ去った救急車を見て、恵子は足取りを都大総合病院へと向けたのだった。

 

 恵子が歩き出すのを待つかのように、一台のセダンが恵子の横を通り過ぎて行ったのだが、まだ、恵子は、その存在には気がついていなかった。


 恵子の勤めている会社は、「E-御服屋本舗株式会社」と言って、「E-サイドモールショッピング」の中に店を構えている。

「E-サイドモールショッピング」と言えば、「E-サイドシティ」、「東横川市」の別名でもある・・・最大のショッピングモールであり、更には「お店のなんでも屋・・・万(よろず)屋」な所は、病院の万(よろず)屋である都大総合表院と対局を成す存在で有り、東横川市の二大シンボルとなっている。


 そんな大ショッピングモールの中、子供服と婦人服の4階、ヤング服や紳士服の5階といった、大きく2階分をE-御服屋本舗株式会社が占めている。地下1階と地下2階と地上1階は、数々の食料品店でごった返しているところは、一般的な百貨店などと同じで有り、地上2階には、これまた、広大な書店の何でも屋が占めている。3階はテナントになっており、競合する店が立ち並ぶ。

 最上階の6階には、ショッピングモールお定まりの映画館が陣取っていて、6階までの各階には、立体駐車場がドッキングしている。

6階の一部と屋上には、高級料理店とビアガーデンもあると言う。


 これだけ広いショッピングモールなら諷太が迷子になりかけたのも頷けるというものだ。

 それに、相づちを打つ存在が、どこからか諷太を視ていることを、諷太は知るよしも無い。

 

六 

 「んー。」と言って綜太は目を覚ました。額には、大粒の汗が光る。

 「ふー。」またあの夢を視た、頭の中ではありありと視ることのできる光景なのに、目が覚めると、のど元まで出そうになるが、何故か、思い出せなくなってしまう・・・思い出せないというのは、たいした夢ではなかったのだと思うようにしているのだが、今日の綜太は違った。

 ひとつだけ瞼にこびり付いている顔が合った。

 そう、「鷺山俊也」義兄の顔であった。が、義兄が何をしているのかまでは、いつもの如く思い出せなかったのである。

 ということは、綜太は、自分が空中遊泳或いは幽体離脱しているのかも知れないということを綜太は知る由も無かった。

 

 「義兄さんの顔が、なんでこんなに、間近に見えたのだろう」と呟くと、綜太は何日ぶりいや、何週間ぶりかに、自分の部屋から足を踏み出して、部屋の外へと出て行った。


 階下へと降りた綜太は、「お義兄さーん!」「お姉さーん!」「どこに居るのー?」と、弱々しい声で呼びながら、姉夫婦を探していた。


 綜太には、まだ知らされていなかった。

綜太の姉、涼子が切迫流産で緊急入院していることを・・・しかし、綜太にそれを言っても綜太がそれを理解できるのか。誰にもわからないのであった。


家には誰も居ないことが判ると、綜太の目には、ふつふつと涙がこみ上げ、そしてあふれだしてきたのであった。


第1部 了