徘徊の始まり | 母はパーキンソン病で認知症

母はパーキンソン病で認知症

要介護3で特養に入居後、現在は要介護5。パーキンソン病とそれに伴うレビー小体型認知症の母の介護記録です。
在宅介護していた2年半と、現在の母の様子を中心に、介護の不平不満や疑問、思った事、感じた事を綴っています。

うちの真上に引っ越してきてから1ヶ月

たまに
「家に帰らなあかん」
という時もありますが、生活のリズムが定まってきました。

朝は息子が登校してから私が行くと、
着替えと朝食は終えていて化粧をしています口紅
季節感を間違った服装をしている時はお着替えです👚

洗濯は自分でしますが、元々背が低い上にパーキンソン病の症状で前傾姿勢になってきていて、
腕が物干しまで届きませんので私が干します。

掃除は元気な時からあんまりしませんが、
多少汚くても死なないので良しとしましょうウインク

昼食は私が用意して一緒に食べます。
私がいない日は、チンして食べられるように用意しておくと食べてます。

その後、デイのない日は夕方まで寝ますショボーン
デイの日は帰ってきて17時頃から寝ますショボーン
起こしても起きませんショボーン

無理やり起こしたら、夕食は私が用意した物を食べます。
洗い物は自分でします🍽

お風呂は入ったり入らなかったり🛀
ドライヤーで髪を乾かすのは 腕がしんどいらしいですドライヤー

夕食後の薬を飲んだ事を確認したら、
私はまた明日バイバイ

そして夜中にテレビを見たり、鞄に荷物を詰めたり、アルバムの整理をしたり、なんかゴソゴソしてます。

私がいるからと何もしなくなるのは良くないので、
自分でできる事は自分で!
危険な事、大変な事は私が!

できるだけ今までと同じような 自立した生活ができるように心掛けました。





2014年12月中頃

いつものように20時頃 薬を飲んだ事を確認しに行き、私は11時半頃に就寝しましたzzzzzz

午前1時    電話が鳴りました📞

はぁ〜チーン  またか…    「もしもし、夜中やで」

「・・・・・誰もおれへんねん」

「私は家にいてるよ。寝てたよムカムカ

「・・・・・誰も来えへん」

「えっハッどこにおるん?」

「・・・公民館や。ボランティアの日やろ?」

楽しみにしているボランティアの日は翌日の午後です。

どうやら楽しみすぎて、半日早くでかけてしまったようですゲッソリ

まだ電車のある時間に出かけたようですが、もう終電はとっくに終わっていますゲッソリ

主人が高速をぶっ飛ばして🚗公民館へ行きましたが、母はいません。

私は母の携帯に電話しますが繋がりません。

たまに繋がりますが、何を言ってるのかわからないし、すぐに切ってしまいますプンプン

主人は近くの交番に行きましたが、住んでいる市の警察でないと捜索願いは出せないし、出されてからじゃないと動けないと言うんですムキー

そんな事言ってる場合じゃないのにムキー

主人は「自分で探す」と交番を出て、私は何度も母に電話しました。




「◯◯駅におるよ〜  タクシーの運転手と喋ってるねん」

とご機嫌な電話がかかってきました。
すぐに主人に行ってもらい、明け方無事に帰宅しました🌅

公民館を離れ大きな通りにでは母は、
帰ろうと思いタクシーで駅まで行ったようです。
電車のない夜中に、杖をついたばあさんを乗せたタクシーの運転手さんは心配で
主人が着くまで母と話しながら待っていてくれたそうです。

融通の効かないお巡りさん👮‍♂️もいれば、
親切な運転手さんもいます。


ご機嫌で帰宅した母は、明け方にお風呂に入り、何もなかったかのようにぐっすりお休みになられました。
私と主人はぐったりですチーン




それから数日後、ホームセンターで購入したセンサーを、玄関のドアと玄関ポーチの門扉に取り付けました。

徘徊防止です。