青森の大学に行って1ヶ月を過ぎたころのゴールデンウィーク。
実家の親父とお袋が訪ねて来た。
親元を離れてまだたったの1ヶ月。それでも家族に会えるのは嬉しかったし待ち遠しかった。
それなのにオレは当日友達と遊びに出てて、わざと予定より遅く下宿に帰った。
なんていうか・・・ オレはこっちで楽しんでるし、ホームシックにも全然なってねぇし、ちっとも寂しくなんかないんだよって強がってたんだよね。
高校までは何をするにも親の同意が必要だったし服ひとつ買うのも一緒にデパートにいってた。
それが下宿とは言っても20人もいる寮みたいなとこ。夜遅くまで話したり飲んだり、そしてスーパーに行けば欲しいものは自分の懐事情を把握しながら好きなものが買える。
カゴに入れちゃえばお惣菜もインスタントラーメンも洗剤も全部自分のもの。
単純な事だけど「これって自由だぁ」と思った(笑)。
そして結婚式場で本格的なアルバイトも!
確かゴールデンウィークだけで4〜5万稼いだ気がする。明細見て小躍りした。
高校の時やってたバイトと比べものにならないぐらいの金額。
仕送りとは別に自由になるお金も手に入れた。
そして下宿の1年生の中では「会長」と呼ばれリーダーのような扱いを受け始める。
自分の中で何かが変わり始めていた。
高校までの自分とは違う何かが目覚め始めていた。
ゴールデンウィークに両親がわざわざ来てるのに殆ど会いもせず帰した事になんの感情もなかった。
それよりも「オレは宮城の頃のオレじゃないんだぜ」と言うのを見せつけたかった。
親の気持ちも知らずに。
ダンボール箱に見慣れたお袋の字があった。
缶詰やインスタントラーメン。下着や生活用品が沢山入っていた。
その1番底のところに封筒がありお金とともに手紙が入っていた。
正確には思い出せないが「お友達が沢山出来て良かったね」と書いてあった。
今、オレは親となり
息子が専門学校に通っている。
自宅通学だからオレの時とは違うけど夜遅くまで友達と遊び、バイトしてそこそこの金があり充実しているようだ。
でもまだ未成年。
つい小言は言っちゃうし帰る時間が遅ければ心配でたまらない。
友達がいてもその友達がどういう人物なのかが気になるし勉強だってしっかりやって欲しいと思う。
あの時お袋に言った言葉
「大丈夫だって、心配すんなよ」
それを今、息子に言われる。
そう言って玄関を出て行く息子の後ろ姿を見て「この後ろ姿を親父とお袋はあの日見たんだろうな」と思う。
いつの時代も
子を想う親の気持ちは同じ。
そして少しずつ子供は大人になっていき
親は少しずつ老いていく。
嗚呼、人生は儚い。
