ハチのつぶやき
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心の傷

流産後の心の傷はなかなか癒えない。
ふとした瞬間に、涙が出てくる。

今回流産したこと、相方以外に言えなかった。あとはかなり休んで迷惑をかけた会社の上司と先輩だけ。

プライベートなつながりの人は、親も友達も、誰にも言えなかった。

だから、余計つらいのかもしれない。お腹の中にいたという感覚がない相方には、この心の傷は理解してもらえないから、虚無感とか悲しみとか、体が本調子にならないこととか、油断すると涙が出ちゃうこととか、全く言うことができない。

一人、自分の中で耐えるだけ。

とても苦しい。泣いても泣いても涙は尽きないし、心の中の空白も全く埋まらない。

今日友達の赤ちゃんに会いにいった。友達のお母さんに「お子さんは?」と聞かれた。ただそれだけで、深く傷ついた自分がいた。

思い切って、、、自分の中では本当に思い切って、相方にそんな風に言われて、深く傷ついたことをボソッと言ってみたけど、何の理解もしてもらえなかった。ふーんってかんじで。余計つらくなった。言うんじゃなかった。

やっぱりこの気持ちは、男性には理解してもらえないのかな。

相方の前で泣いたり、落ち込んだりすると心配かけると思って、無理して元気に振る舞ってるけど、鈍感な相方は私が本当に元気だと思ってる。

昔から、元気なふりがうまい私。

母親と親友だけが、元気なふりしてても、微妙な変化に気付いてくれる、唯一の味方。言えば良かった。もう今更だ。

私は一人で、この心の痛みから立ち直るしかない。一人で。

みんなはどうやって立ち直ってるのかな。本当に立ち直れる日が来るのかな。それは赤ちゃんができることでしか、埋められない空白なのかな。


正直、今の気持ちは、もう一度妊娠するのがこわい。


もう一度流産したら、もう立ち直れないかもしれない。

流産

あまりの腹痛と出血に耐えきれず、いつも診てもらってる先生がいない日だったが、病院に向かった。

病院に向かう間も、流産についてひたすら検索する。もう調べても無駄なのに。流産の症状に悲しいくらい、一致しすぎる。

出血はひどかったけど、病院のエコーで見てもらったら、子宮の中の血の中に赤ちゃんが確認できて、なんと心拍も確認できたというエピソードを見て、そんなことあるはずないのに、変に期待をしてしまう自分がいた。

それはすぐに絶望へと変わった。

エコーで確認してもらったところ、この間はあった胎嚢がすでに確認できなかった。先生がたくさん探してくれたけど、見つからなかった。残念だけど、流産ですねと告げられた。

今日はお一人ですか?と聞かれ、一人ですと答えたら、気まずそうな顔をされた。

検査の結果と今後のことを先生から説明された。流産の覚悟はしていたから、子宮の中にもう胎嚢が確認できなくても、流産だと告げられても、手術の可能性の話をされても、泣かないで我慢することができた。

でも。

先生に何か聞きたいことはありますか?と聞かれ、今後赤ちゃんが欲しいと思ったら、それは可能ですか?と口にした瞬間に涙が溢れてきた。

つらいですよね、と先生がティッシュを差し出してくれ、落ち着くまで待ってくれた。いつもの先生ではなかったけど、良い先生に見てもらえて、ちょっとだけ救われた。

その日は処方箋を出され、帰宅となった。

帰り道に薬局に寄って、薬をもらうときに薬剤師さんから「ご出産されたんですか?」と聞かれた。今の私にはとてもつらい言葉だった。なんてひどいことを聞くんだろう。冷静に「流産です」と答えられた自分を褒めてあげたい。

家でたくさん泣いた。お空にいってしまった子を想って、ひたすら泣いた。涙が止まらなかった。

次は、いつも診てもらってる先生がいる日に再度検査。もう赤ちゃんがいなくなっちゃったのに、産婦人科に行くなんて、意味のないことに思えて仕方なかった。赤ちゃんや妊婦さんがいる病院。苦しい。

いまだに続く腹痛と出血の中、眠りについた。

どん底へ

2014年4月。


病院でエコーで確認するも、なかなか胎嚢が確認できず、不安な日々を過ごす。いろんな人の投稿を見ては一喜一憂し、そんなの見ても人それぞれだから意味ないのに、やめられない。

次の健診までの1週間が長くて、長くて...

そして、健診に行っても結局見えなくて、また1週間後に。子宮外妊娠の疑いに不安な日々を過ごす。

さらに、1週間。本当に長かった。ついに、子宮の中に胎嚢が確認される!!が、週数のわりに小さいねと言われ、子宮外妊娠の可能性はなくなったものの、また別の心配が頭をよぎる。

先生には、流産の心配があると言われる。でもお腹の痛みも全然ないし、出血もないし、きっと大丈夫!と思って、また次の健診を首を長くして待ってた。

次は胎芽とか、心拍まで確認できちゃうかなとか、これからに思いを馳せる。

そんなある日、朝起きた瞬間に、お腹に違和感を感じた。やばいかも?けど、その日は仕事が忙しかったし、休むわけにはいかない、体調が悪いながらも、出社した。

ホッカイロをお腹に当てて、午前中はなんとかやりすごし、お昼ごはんを食べた後には痛みも収まったかも?と安堵していたら、お昼休みにトイレに行ったら、まさかの出血。


え、、、血!?


少量だったし、見間違え!?
とにかく気が動転した。

急いで病院に電話したら、すぐに来てくださいとのこと。上司に、切羽詰まったかんじですぐに早退したいとお願いしたら、快く早退させてくれた。素敵な上司。

病院でエコーで確認したら、まだ胎嚢は確認できた。一安心。流産の可能性があるから、血液検査をしてみましょうと言われ、検査し、また何かあったらすぐ連絡してくださいと言われ、その日は帰宅した。

出血はちょっとだけだったし、大丈夫かも!と前向きになっていたところで、再び夜に出血。しかし、このときはオリモノに混ざってピンク色だから、大丈夫かと気にせず就寝。

翌日も腹痛はおさまらずだったけど、今日だけはどうしても仕事休めなかったので、仕方なく出社。腹痛と戦いながら、残業。出血はどんどんひどくなる。

トイレで血を見るたびに、涙が出てくる。涙を拭いて、仕事に戻る。残業、残業、残業。忙しい時期だし、仕方ない。

帰り道は涙が止まらなかった。電車に乗っても、涙が次々に溢れて止まらない。家に着いて、相方に泣きつき、腹痛で苦しみ、起き上がれなくなった。

もうダメかもしれないという予感があった。ダメかもと思いながらも、どこか期待しながら、病院の緊急連絡先に連絡した。

当直の産婦人科医は、冷たく「今来ていただいても何もできることはありません」と言った。今の時期に起こる流産は、自然淘汰だから仕方ないとか淡々と説明された。さらに出血がひどくなったら連絡ください、ただ次に来ていただくときは、入院ということになります、つまりそういう措置になります。

電話を切って、さらに涙が止まらなくなった。ひたすら痛みに耐えるだけ。何もできない。

翌日、ひどい腹痛の中、出社。あまりの痛みに、座ってることもできなくなってきた。

唯一このことを報告していた頼れる上司が、数日前にまさかの異動。誰にも相談できない。どうしよう...

迷った挙げ句、信頼できる先輩に打ち明ける。「流産」という言葉を口にした瞬間、涙が込み上げた。そのとき、先輩も一緒に泣いてくれた。それだけで救われた。

何も後のことは気にしなくていいから、すぐに帰りなさいと言ってくれた。今の時期、みんなが毎日残業で、私一人抜けるだけで仕事が回らなくなるくらい忙しい時期。優しさにまた涙が出た。

猛烈な腹痛と腰痛で歩くこともつらい中、帰宅。いつもは近いと思っていた通勤も、痛みで一駅一駅が気の遠くなるほど長く感じ、気を失うかと思った。

家で横になっていたものの、あまりの痛みと出血量に耐えられず、病院に連絡。すぐに来てくださいとのことだったので、歩けないほどの痛みに耐え、病院に向かった。
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