水戸ホーリーホック
J1リーグ初昇格おめでとう🎉
クラブの創設は1994年で
当時、県リーグを戦っていた水戸だが
土浦市をホームにする実業団チーム
プリマハム土浦が全国地域リーグ決勝大会で準優勝し
1997年からアマチュア最高峰のJFL(当時はJリーグは1部のみで2部リーグは無かった為、JFLは2部リーグに相当)に昇格する事が決まっていた。
そんなプリマハム土浦だが
親会社のプリマハムはチームの支援を打ち切り廃部をする事になった。
そのチームの権利を水戸が引き継ぎ
水戸ホーリーホックとして
1997年からJFLに参加している。
1999年にはJリーグが2部制となり
水戸ホーリーホックは参加することを希望したが
経営基盤の脆弱さから参加を認められず
1年遅れの2000年からJ2に参加をしている。
この水戸ホーリーホックだが
初代の社長、石山さんという方が立ち上げたクラブである。
地元である水戸市をサッカーで盛り上げて街を活性化させたいという思いから
クラブを運営し
個人経営の宝石店の社長でもあった石山さん
私財を出してクラブを運営していた方である。
当時はバブル景気も終わり不況の時代
1997年に昇格した全国リーグのJFLを戦うにあたり
Jリーグを目指し
またJリーグ一歩手前のJFLに昇格すれば水戸市民はもっと関心を持って盛り上がってくれると考えていたそうだ。
1997年と言うと
Jリーグ自体も開幕のブームが去り
Jリーグも過去最低の観客動員を記録した厳しい時代である。
(日本代表がワールドカップ初出場を決めたジョホールバルの歓喜を起こしたのも1997年なのでサッカーが全く盛り上がって無かった訳では無いが⋯)
水戸ホーリーホックの選手たちは
クラブがサッカーだけで生活できるだけの給料を払え無いため
アルバイトなど仕事をしながらJFLを戦っていた。
そんな厳しいチーム事情だったそうだ。
前述したように2000年からはJ2リーグに参加した水戸ホーリーホックだが
前年度の1999年JFLでは年間順位は3位
Jリーグに昇格するためには年間順位が2位以上との規定だったが
当時のJFLで優勝した横浜FCは
横浜フリューゲルスが横浜マリノスに吸収合併という形で事実上のクラブ消滅により
フリューゲルスのファンが立ち上げたクラブで
JFLには特例で準会員扱いで参加していたため
水戸の石山社長は
Jリーグのチェアマンだった
川淵さんに横浜FCは準会員であり
それを除くと水戸はJFL2位
なんとかJリーグに上げてくださいと直談判したそうだ。
石山社長が運営する水戸ホーリーホックは
経営が苦しくここで
Jリーグに昇格させて貰えないとこれ以上の運営は無理
クラブは消滅してしまう状況だったそうだ。
当時のJリーグは今ほど昇格規定に厳格ではなく少しでも仲間を増やしたい
川淵さんも人情には弱い
そんなこんなで水戸は2000年からJ2に参加する事になったのだ。
そんな水戸ホーリーホック
J2に参加したことで
大人気、売上も激増だったかというとそんな世の中うまくいかない。
2000年の平均観客動員は1試合約2000人
2001年は約1500人と今のJ3リーグより少ない。
これは現在ホームスタジアムとして使っている
水戸市陸上競技場(ケーズデンキスタジアム水戸)だが
2009年の秋に改修工事が完了しホームスタジアムとして使用出来るようになるまでは
水戸市内でJリーグの試合を行えるスタジアムが無かった事も大きい。
その為
那珂市の笠松運動公園や
ひたちなか市の運動公園のスタジアムをホームスタジアムスタジアムとして使用していた事で
水戸市内で試合が開催出来なかった事も不人気だった大きな理由である。
Jリーグに参加するためにはホームタウンとなる行政から支援をしますという
文章を作成してもらいJリーグに提出する事が必要なのだが
ここでも大きな問題があった。
水戸ホーリーホックの石山社長は水戸商業高校出身でサッカー部に所属していた。
それに対して当時の水戸市長も水戸商業出身
しかも、同級生だったそうだ。
これは話が合うのかと思いきや
当時の水戸市長は野球部出身
大のサッカー嫌いだったそうだ。
そんな理由から全く馬が合わなかったそうで
支援文章を出す代わりに
水戸市は財政の支援やスタジアムの支援は一切しないという覚書を交わしていたそう。
(その覚書は現在は破棄されている。)
そんな理由もあり2009年秋まで
水戸市内では試合も出来ず
行政としては何も支援が出来なかったそうだ。
そんな石山社長は経営難の責任を取る形で2001年に社長を辞任
2008年にはお亡くなりになられている。
石山社長の水戸をサッカーで盛り上げたい
街を元気にしたい
そんな思いからJリーグを目指し参加したが
経営の甘さ、運営の未熟さ、行政との連携も取れず
チームは弱い、お金は無い、人気は無い
2009年秋から水戸市内で試合ができるようになり
少しずつ人気、実力と上げていき
2000年から25年間、四半世紀過ごしたJ2から
来年は初のJ1リーグ
石山社長が夢に描いた
鹿島アントラーズとの茨城ダービーが実現
天国の石山社長もきっと喜んでいるのでは無いだろうか
楽しみな事がまたひとつ増える。
ガンバレ、水戸ホーリーホック
昇格おめでとう🎉