現在の成年後見制度が始まったのは22年前のことであるが、秀夫はその年には早くも第一号となる後見人に就任していた。それから以降、資産の多寡に関わらず依頼された案件はすべて受託するうちに、その数は現在までに100件を優に超えてしまっていた。もっとも秀夫の場合は、認知症高齢者ばかりではなく、意識がしっかりされている状態で、公正証書による契約で財産管理や任意後見や、葬儀と納骨といった死後の事務や、遺言の内容を実現する遺言執行といったことをする職務が大半だったから、司法書士会肝いりで作られた団体が本人や家族の意向を無視して行政と結託して引っ張ってくる法定後見とは一線を画していた。
そんな中で安田さんとの付き合いも20年以上になる。安田さんは結婚歴はあるものの離婚されてお子さんはおられず、退職後はローンの支払いも終わったマンションで悠々自適、お友達と日本国中を旅行されるのを楽しみに暮らして来られた女性であった。今年、88歳になられる。認知症も無縁で秀夫は財産の管理もまだ始めていなかったが、万が一のことを考えてひと月に1回は必ず面会してご様子を見るようにしていた。このつい10日ほど前にも近くのファミリーレストランで昼食を共にしたばかりであった。その時には全く異常はなく、まだ行ったことがないという「しまなみ海道」に一緒に行こうかという話をしていたくらいだった。そんな安田さんとは、秀夫の母も一緒に秀夫の車で伊勢志摩まで遊びに行ったことさえあった。もっとも秀夫の母親の方は、その後数年してグループホームに入所してしまったが。
秀夫が車を走らせて安田さんの部屋に着いた時には、もう既にケアマネジャーが先に来ていた。入口のドアは開け放たれ、その中でビニールの防護服に身を固めたケアマネジャーがゴーグル越しの目で秀夫を見た。携帯電話を耳にあてがっている。
「女性です、はい、体温計がないので熱はわかりませんが、かなりあるようです。そうですね、そうかもしれません、来ていただけますか」
救急車の要請のようだった。
秀夫は靴を脱いで中に入ると、ベッドの下に転がり長く伸びている安田さんの傍に進んだ。
「ベッドに戻りましょう、立てますか?」
と秀夫は安田さんに向かって声をかけた。
ケアマネジャーは、電話を切ると、
「私も医者じゃないんでわからないから呼びました。もし、コロナなら、うちには幼い孫も病弱な娘もいますんで、帰らせてもらいますね。私はね、一人もんじゃないんで。先生もあまりご本人に触らないほうがいいですよ」
と安田さんを抱き起こそうとしていた秀夫に向かって鼻息荒く早口に言った。
「これね、おいて帰りますから、先生も着たほうがいいですよ」
と言うとビニールの防護服とゴーグルを床に投げ落として、素早くドアから廊下に出た。
「じゃー、私は帰りますんで、先生、悪いですが後は頼みます」
と足早に立ち去った。
秀夫は汗で湿気ったビニールの防護服とゴーグルを拾って身に着けると、そのままにしておくこともできないので、足腰にほとんど力の入らない安田さんを何とか抱きかかえてベッドに戻した。安田さんは、体のだるさと喉の痛みをずっと訴えられていたが、やがて静かになってしまった。秀夫が心配になって覗き込むと、蛍光灯の光で余計に青白く見える顔が、呼吸で軽く上下に振れていた。
秀夫はベッド脇から離れて、それでも安田さんの方を見渡せる流し台の前の床に座り込んで救急車の到着を待った。ところが、30分経っても40分経っても救急車のサイレンらしき音は全くしてこない。秀夫のいる所はクーラーの風が直接届かない所なので、防護服のビニールが熱を溜め込んでサウナに入っているようで異常に暑かった。秀夫は、堪りかねて廊下に出た。
8月とはいえ、薄暗くなった廊下には微弱ながらも風が吹いていた。秀夫は、防護服を少しはだけながら、3階の廊下の通路から下を見下ろして救急車の到着を待った。たまに聞こえるサイレンはパトカーなのか救急車なのか、決してこちらに近寄って来ることはなく、遠くの方に去って行った。
そうこうするうちに秀夫は、防護服でカバーされていない露出した手足の部分に強烈な痒みをおぼえた。触ると丸く膨らんでいる。秀夫はいっぺんに4〜5箇所も蚊に刺されて、慌てて部屋に舞戻った。
既にケアマネジャーが通報してから1時間半以上が経過していた。秀夫はしびれを切らして119番を呼び出した。ところが20回ほどコールしてもつながらない。秀夫は諦めて一旦切ると、もう一度かけ直した。だがやはり、20回以上鳴らしても誰も出てこなかった。
「これが火事なら丸焼けだなあ」
と半ばあきれていると、3回目の電話で15回ほどコールしたところで
「はい、事故ですか、火事ですか、救急ですか?」
と言う男の声がやっとした。
イラッと感情が高ぶりそうになるのを抑えながら経過を説明すると、
「ケアマネジャーの方からいただいた通報ですね、忘れている訳では決してありません。ただ、コロナで今、待機者が30人、意識のない人、呼吸困難な人から順次、救急車が出動していますんでもうしばらく待ってください」
とのことだった。
秀夫は流し台の前で座り込んで待つしかなかった。安田さんの方からは時折、かすかに動く音がした。
更に1時間半が経過した。最初の通報から3時間以上が経過していた。午後9時を回って秀夫は空腹にも悩まされ始めた。
「腹が減るって事はまだ元気な証拠かな」
もし安田さんがコロナ陽性の場合を思って、ふと秀夫は不安に襲われたのだ。
秀夫は、もう一度、119番を呼び出した。もう限界という思いがした。
今度は10回くらいのコールで出てきたものの、言うことは判を付いたように前回と同じだった。
「待機者が30人です、待ってください。重症者から順番にやってますので」
ここで秀夫は司法書士として四半世紀もやってきた経験で掴んでいる「奥の手」を無意識のうちに出してしまったようだった。
「重症者からというのはわかるけど、こっちも88歳でぐったりしている。このまま待つってことは深夜0時になるのか!さあ、それでこのお年寄りになんかあったら誰が責任を取るんだ。誰を訴える?私は司法書士だけど、あんたか?あんたの上司か?自治体か!」
秀夫はほぼ恫喝に近い感じでまくし立てていた。
「役所や金融機関は、いざとなったらゴネればなんとかなる」
それは秀夫が職業上、これまでに体験してきたことだった。役所や銀行の窓口で法律にも反する理不尽な扱いを受けた時には、若い頃は特によくやったものだった。「まあまあ、お話しはこちらで。」とか言われて支店長室に「隔離」された事もママあった。外からみたら単に品の良くない「輩」に近い。
今回はコロナで医療機関も救急体制も逼迫しているのだから、秀夫はそんなことをしても無駄なことはよくわかっていたが、耐えきれなくてついつい「ヤカラ」の本性が出てしまった。
秀夫は、空腹を手でおさえながら、日付が変わるまで、もう待つしかないと諦めかけていたとき、119番に番号を知らせておいた秀夫の携帯がなった。
「救急車があと10分で到着します。」
柄の悪いおっさんが騒いでから、ものの10分も経っていなかった。
