「若い奥さん、もらうからよ。」
おかっぱ頭をした白髪の小柄な老女が、蔑むような目付きで秀男に言い放った。秀男が不意をつかれて口ごもってしまったところに、長身の皺深い老爺が、すかさず口を差し挟んだ。
「奥さんはね、これから子どもさんを抱えて働かなければいけないし、職場の休みを取るのも一苦労だから、できるだけ早くこの調停を終わりにしたいというご意向ですよ」
と言葉は丁寧でも威圧するような目で秀男を見据えた。
秀男が、離婚調停を利用するのはこれで2回目だった。つまり2度も離婚を繰り返していたのだ。
「これなら1回目の方がまだマシだったな」
1度目の時は子どもに会えるよう同じく老爺と言えるくらいの年配の調停委員が努力してくれた。また、法律的にはこういうことになりますみたいなことも言って、まだ、法に則った解決を試みてくれた。ところが今回はまるで向こう側のメッセンジャーであるかのように、非常に多額の養育費と実際には一緒に暮らした期間は半年にも満たないにもかかわらず、財産分与として家財道具のほぼすべてを取り上げて、子どもとの面会交流は全く触れずに、あれよあれよと調停は進んで行き、ただ、終わりの方になって恩着せがましく、老爺が
「互譲が大切だからね、できるだけ早くあなたの家から立ち退くようにしてあげますね」
と言って、秀男が出てからも秀男名義の新築の家に居座り続けていた「妻」の立ち退き期間を2日間、短縮しただけで調停は、その日の勤務時間内の午後5時前には終わってしまった。
おまけに、輪をかけたようにさらに醜く年老いた男性の審判官が4時55分頃、出てきた時に、秀男が持ってきていた大学教授が書いた「離婚調停」というタイトルの本を示して、その中に記されているようにせめて財産分与のリストを作ってくれるように依頼したら、
「そんなことは、私のところではしない!」
と、甲高い声を張りあげて否定するなり、さっさと審判書を読み飛ばして引っ込んでしまった。
終わったのは見事に午後5時だった。
