私は東京生まれの岐阜育ちで、小中高の12

  年間を岐阜で過ごした後に大学進学をきっ

  かけに上京してから30年以上が経過しまし

  た。


  結局、東京で過ごしている期間が長くなり

  ましたが、私のパーソナルな部分のほとん

  どは岐阜で作りあげられたのは間違いあり

  ません。


  当時は、あまり良い思い出がありませんで

  した。特に中学校時代は。


  大学1.2年の2年間は、兄と同じ家で暮らし

  ましたが、3、4年は、大学の近くで一人暮

  らしをする事になりました。


  この2年間の経験が振り返ってみると、社

  会に出て行く上でも欠かせないものだった

  と思っています。


  一人暮らしと言っても親から家賃を含めた

  仕送りもしてもらっていましたから、改め

  て親になって当たり前の事じゃないなぁと

  しみじみ思っています。


  同じ事をさせてあげるのか?と聞かれたら

  即答します、無理です(笑)。


  金銭面も含めて多大なるサポートを受けて

  過ごした20歳からの2年間ではありました

  が、それでもあの経験は人生の糧になりま

  した。


  ブログは、2025年1月の振り返りまで来ま

  したが、次男が一人暮らしを始めた時期で

  もありました。


  高校2年までは自宅で暮らしていましたか

  が、高校3年生で、トップチーム一本で勝

  負すると決めて退路を断って、自宅を出て

  トップチームの寮で暮らしていました。


  高校3年の時に寮でお世話になった時は、

  食事も作る事は無いですし、寮には同僚も

  いますから心強かったと思いますが、東京

  を離れるという決断をして初の一人暮らし

  が2025年1月から始まりました。


  振り返ってみれば、まだ高校3年の1月の出

  来事ですから大変な事は沢山あったんじゃ

  ないかと想像はつきます。


  現地で借りる家の審査が通らないのは想定

  外でした。


  多分高校在学中だったからだと勝手に想像

  していますが、高校2年の8月にプロ契約

  をしていたのにも関わらず審査が通らない

  という社会の現実も初めて知りました。


  今考えれば、凄い経験だと思いますし、な

  かなか無いシチュエーションなのは間違い

  ありません。因みに車を買う時も同じです。


  あの時の経験が、次男の今に活きているの

  は間違いありません。


  朝食を作り、練習場まで車で行って、練習

  して、自宅に戻って食事を作るなんて私に

  は出来ません。


  しかも高校3年の出来事ですから。


  決意と覚悟を持って東京を離れたとは言え

  簡単な決断じゃ無かったと思います。


  ここから第2のサッカー人生がスタートし

  ました。


  自分が出来ない事が出来る人って単純に凄

  いなって思っちゃいます。


  私はサッカーも出来ないし、料理も全く作

  れませんから(笑)。


  大学の時の一人暮らしの時のレパートリー

  は、ご飯🍚にレトルトの中華丼か牛丼を乗

  るか、パスタを茹でてレトルトのミートソ

  ースかカルボナーラを乗せるだけでした。


  次男はしっかり料理を作る事が出来るよう

  になりました。


  私に似なくて本当に良かった(笑)と心から

  思っています。