三男が目に怪我(網膜裂孔)をしてから約1カ

  月が経ち、リハビリメニューも復帰に向け

  て新たに変化させる日がやって来ました。


  私の仕事は、三男が怪我から復帰する時に、

  怪我する前よりもパワーアップさせて戻す

  事です。照れ


  怪我をしてネガティブな感情に浸っている

  時間なんてありませんでした。

  怪我した事をマイナスにするかプラスに変

  えるかは、人それぞれですから。


  怪我をした日が6月4日で、リハビリメニュ

  ーを6月4日~30日まで取り入れて来ました。

  大袈裟に言ってますが、食事、ストレッチ

  (肩甲骨)体幹、バランス、ウォーキング🚶

  ぐらいでした。


  1カ月弱は、体に負担をかけないメニュー

  をやって来ましたが、そろそろ復帰に向け

  て、ギアを上げる為に、7月1日からメニュ

  ーを改めました。


  食事、ストレッチ(肩甲骨)、体幹、バラン

  ス(新)、ランニング🏃‍♂️、リフティングサッカー

  (左右1000)、ジンガ(10分)、ぶら下がり、

  ツイスト、長男か次男とTR。


  一気に増えたTR。(笑)毎日出来ないのもあ

  りましたが。


  長男(高1)、次男(中1)も時間がある時は、

  三男のパス練や一対一の相手をしてくれて

  いました。

  長男も次男も三男が大好きですから。おねがい



  怪我をしてから6月4日~7月19日までの期

  間は、私にとって掛け替えのない時間です。

  一番やりがいがあった時間でもあります。


  サッカーの試合が出来ない、練習にも混じ

  る事が出来ない約2カ月は、普通に考えた

  ら、相当ネガティブな事だと思います。


  三男がどのように思っていたか知りません

  が、私にとっても、ネガティブな要素も勿

  論ありましたが、初めて三男と一対一で向

  き合えた貴重な2カ月でもありました。


  振り返ってみたら、長男が小学校1年生の

  時に少年団に入り、次男が当時4歳歩く

  して付き添いでサッカーをスタート。


  当時三男は、0歳ハイハイ


  次男が小学校2年生の時に、30㎞離れたク

  ラブチームに入ると三男の付き添いでサッ

  カーをスタート。


  当時三男は、4歳歩く       そして8歳までは、

  ずっと次男の付き添いでしたから、三男が

  中心で家族がまわる事がありませんでした。


  やっと中心でまわるようになった矢先の怪

  我でしたが、次男は、ジュニアユースへ進

  み、三男が高校サッカーへ進んでいました

  から親の出番なんて激減しました。


  土日が、ほぼフリーになった私達夫婦。


  怪我しようが、何しようが我が家の中心は、

  三男に変わっていましたから、約2カ月の

  リハビリメニューも組む事が出来たんです。


  怪我が直って、試合に出れるようになった

  事は、とても喜ばしい事ですが、私の手元

  から離れてしまう寂しさもあるんです。


  もう、あんなに沢山のメニューを組む事も

  なくなりますから。照れ


  嬉しさと寂しさが入り雑じった、三男小学

  校3年生の7月。