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ポルシェに乗っていたのは、鳥井恵子といい、二河の中学時代の同級生だった。中学卒業以来、10年近くふたりは会っていなかったのだが、1971年、東関東自動車道が開通した時にまた出会う。
東関東自動車道は、成田新空港がまだ開港していなかったが、そのアクセス道路となるため、片側三車線の、過去には見られなかった非常に大規模なインフラとなった。特に、東京の塩入インターチェンジから習志野ぐらいまでは、湾岸の埋立地を通るため、建設の際の立ち退きや買収などの困難がなかった分、道路以外のスペースもゆったりした造りとなる。
車が一台も走っていなければ、巨大な、公営のサーキットみたいだった。
