1871年から1873年にかけて、岩倉使節団を欧米に派遣したのです。
日本政府が近代国家を建設する指針を得るために派遣した使節団はドイツにも立ち寄り、ドイツ首相ビスマルクなどに謁見しました。
ビスマルクのフルネームは、オットー・エードゥアルト・レーオポルト・フォン・ビスマルク=シェーンハウゼン。
君主主義の保守的な政治家、優れた外交官でもあり、現実主義に根ざした政治的手腕には卓越したものがあったと評されています。
1815年4月1日に生まれ、1898年7月30日に没しています。
ビスマルクは、プロイセン王国の首相を1862年から1890年まで、ドイツ帝国初代帝国宰相を1871年から1890年まで務めています。
プロイセン王ヴィルヘルム1世の右腕として、ドイツ統一を目指して鉄血政策を推進しました。
普墺戦争や普仏戦争を主導して、勝利しています。
1871年にヴィルヘルム1世をドイツ皇帝として戴冠させ、ドイツ統一の立役者となったことで知られています。
使節団は謁見の際にビスマルクから、当時の国際社会の実態は弱肉強食の原理で成り立っていることを改めて知らされたのです。
「特命全権大使・米欧回覧実記」には、ビスマルクの日本に対する脅しとも忠告とも取れる発言が収められているといいます。
「現在世界の各国は皆、礼儀をもって相交わっているようにみえるが、それはまったくの建前のこと。裏では強弱あい凌ぎ大小相侮るというのが実情だ。大国は自分に利益があれば国際的な取り決めを守るものの、自国に不利と見れば軍事力にものをいわせるのだ」。
確かに、手の内をさらけ出してますね。
ここまで、あけすけにヨーロッパの本音を日本に語ってくれたのは、ビスマルクが日本に自国の似姿を見たからかも。
実際今でも日本人に、「また一緒にやりたいね」と声をかける人は多いそうです。
なにを一緒にやりたいかはさておき、気になるのがビスマルクの言葉です。
「裏では強弱あい凌ぎ大小相侮るというのが実情だ。大国は自分に利益があれば国際的な取り決めを守るものの、自国に不利と見れば軍事力にものをいわせるのだ」。
これは、今でも十分言えるのではないでしょうか。
文字通りの大国はもとより、虚勢を張っている小国はなおのこと、この傾向が強く見受けられる。
これらの国々は、自らを猛獣や猛禽になぞらえて強さを誇示したがっているように見える。
そこで面白いことに、自らの強さを誇示しようとする国ほど、強気で交渉したほうが話は進みやすいようです。
平和主義的でやさしい態度で接するより、多少見栄を張ってでも強気で行った方が、相手を大国や強国と認めていると言う暗黙の意思表示になる。
自分を猛獣や猛禽に見立てたがっている国には、やさしく接しようとする国は獲物の草食動物にしか見えていないでしょう。
民族性は、そう簡単に変わるものではないです。
「現在世界の各国は皆、礼儀をもって相交わっているようにみえるが、それはまったくの建前のこと。」
多かれ少なかれ大国意識の国と、なめられたくない国が世界の大半と割り切るほうがいいでしょう。
特に大国意識の国には、猛獣使いになりきるくらいの気概が必要と感じます。
戦後日本外交、考え甘すぎませんか。