淳の自己満足型批判論 -29ページ目

自転車のルール


交通法規で、安全基準を満たした「自転車」に限り、

六歳未満の子供を二人乗せての三人乗りが解禁されたらしいですね。




知らなかったです。





おもしろいので、「自転車」について調べてみた




①自転車は原則、車道通行しなければならない
ただし、道路標識で指示があった場合、13歳未満70以上の者や身体に不自由な人は歩道通行が可能

②自転車は車道の左側を通行しなければならない

③東京都では、傘差し運転、携帯使用、携帯画像注視も禁止

④万一歩道を走る場合は車道側を走らなければならない

⑤飲酒、併走、二人乗り禁止

⑥夜間ライト点灯義務

⑦児童幼児の保護者は、子供にヘルメットの着用義務



⑦以外はすべて懲役、罰金の罰則があります。



なかなかユニークでしょ。



誰も守らないよね。

ありきたりパターン

ありきたりパターン







どんな試験にも言えることですが、

「さて、やるぞ!!」




と思い立っても、数日後には放ったらかしてるというパターン、非常に多いと思います。




筋トレ、ダイエットなんてまさにそう。




そんなとき、どうしてますか?




私は、初心に戻ります。




なぜこの試験に受かりたいのか、なぜ痩せたいのか




必ず「動機」が存在していたはずです。




「行動なくして現状維持」




自分を変えたければ、動かなきゃ始まらない。



当たり前ですね。





前にも話しましたが、
資格を取ったからといって人生に大きな影響はありません。(難関資格は別)




しかし、その資格試験に向かって努力する姿勢と、その努力の過程が、結果なんです。



人生と全く同じです。




「時間がない」




時間は作ればいい。




資格より、時間を優先したらまず合格はないと思ってください。



宅建試験は、難しくないですが、簡単ではありません。



しかし、やればうかる試験なんです。




私は様々な資格試験を取得しましたが、宅建ほど需要があり、努力が結果に直結する試験はないと思います。



まず、資格取得を目指した「動機」を座右の銘にして走っていただきたい。



私が教えている受講者には厳しく聞こえるかもしれませんが、



このままの自分で十分だと思うのなら、今すぐ受験を諦めてください。



中途半端にやるなら、時間の無駄です。



何事も、理想を現実に変えるのは楽じゃない。



宅建取得は理想とはまるで言えない、現実の世界だ。



それすらも頑張れない人は、何に対しても頑張れないと私は思います。

体罰って悪ですか?

日本の義務教育の体質について少し反論したい。



といっても、学習面ではなく、指導面について




体罰やら罵倒するだけで教師が行政処分を食らうこの世の中、みなさんはどう思っているのでしょうか。



私は非常に違和感をおぼえる。


私が中学の時なんていわゆる「体罰」なんて日常茶飯事で先生に刃向かった者は、先生は容赦はなく潰しにかかる。


拳による制裁が当たり前に行われていた。


忘れ物をしたら木刀で殴られ、


文句を言えば蹴りが飛んでくる。



そんな時代でしたが、今思えばそれがあったからタフに生きれるんだと思う。



先日、同級生の人と飲みながら話したのだが、
「ゆとり世代」は優しくしないとすぐ仕事を諦めて辞めてしまうらしい。



なんか、こう
「暴力」と「体罰」は別物で考えるべきだと思うんだよなぁ。



私が親なら、子が悪いことをしたなら先生に叱ってほしいものだ。


言うことを聞かないなら、再起不能になるまでたこ殴りもありだと思う。




これが不可能となったら、誰が指導するんだ?



ましてや、教育できない親が続出している中、子供は不法地帯の中でやりたい放題だ。



時代の移り変わりと言われればそれまでだが、規制を加えて先生が萎縮するぐらいなら、別途で生活指導を専門で行う機関を作ってみるのもこれからの日本のためであると私は考える。



未来を担うのは今の若者だ。