こんにちは


 仕事柄、様々な食品サンプルを『これどうですか』とか、

『台湾人に合いますかね』といただくことが多いのですが、
最近『おいしくない』もしくは『ふつう』と感じることが多くなりました。

どんなものをいただくかというと、その多くが『日本の地方特産系』の加工品なのですが、

麺系、出汁系、ソース系、デザート菓子系、冷凍海鮮系など、どれも感動しない。

台湾に来て4年目くらいまでは『懐かしの日本食製品』『さすが日本の技術』と舌鼓を打つもの

ばかりだったような気がするのだけれど、最近それがない。

 理由を考えてみたのですが、答えは至極簡単で、工場で加工されたものは所詮何かしらの

化学的な装いをまとわなければならないし、病的な安全志向と過度に均一化を求める市場が、

『普通の味』を量産させているということに気づきました。

*付け加えると、『地方の6次産業化』とかいう発想自体が、すでに大手広告代理店的な都市型なもので、そこから産まれる商品が凡庸になってしまうのは自然な流れだと思います。


 3月に東京駅から越後湯沢行きの新幹線の出発時刻まで時間があったので、地下の食品街で

何か買うつもりで歩いたのですが、その時全身で感じた『どれもふつうだなぁ』という感覚が忘れられません。というより、なにか教室全体に優等生が座っているような光景に寒気さえ感じて、結局地ビール一杯飲んでホームに行きました。(寒気にビールっておかしいですけれど)


 事業が小規模であることももちろん関係して(物量が少量だと工場は機械をまわさない)、いわゆる『PB』のようなカタチで納品される材料が極度に少ないのが今の店なのですが、その分手仕事で完成させる商品が多く、最近は日本の自社の店よりおいしいと思うことが多くなりました。例えば東京ですとニンニク一つとっても『すりおろしにんにく』が納品されるのですが、ここにはそういうものがなくて現場でスルしかなく、大変ではあるのですが、食材が優等生ではなく『不良』なまま使用されるので、結果として香りの高い料理が出来上がるということになります。

 

結論としては、そのような環境で8年以上過ごした事が味覚の変化を促しているとは思うのです。

それともただただ加齢によるものなのか?


 今日もこの時間から降り始めました。

 

 これから店に向かいます。







 


昨晩は退店時間頃飲みのお誘いがあり、
はじめて行く焼き鳥店で合流。
一度店を潰して復活戦のお店、なかなか行けなかったけれど、
焼き物が以前よりおいしくなっていて、
お客さんもイッパイデ、相当頑張った感が客席の間の笑い声から感じられました。
『この店で楽しむ!!』という目的で行く店は、やはり素晴らしい。
〝手作り感″=〝やさしい感″ですね。
それに触れると楽しく、アタタカク、穏やかでいられる。

今日は6月4日。
天安門事件から26年。
最高の財産とは自由でいられること、
これを考える私のなかの一つの日付です。


夜も予約一杯。
自由にそして穏やかに。






 戦後文学って本当にいろいろな財産を僕らに残してくれていると思う。
中国大陸でむかえた大正天皇崩御から始まる私観的昭和の記録。
全編面白いけれど、やはりぼんやりとぼんやりと戦争に入ってゆく時代が
書かれているあたりと、自身の軍隊生活と終戦後の世の中の価値変化への
個人的見解を語るあたりがおもしろい。

世の流れの無批判無批評の変化を許す国民性だけが変化しない、という指摘は
今もそのまま。


クレナズムタイペイ。
今夜は『えん』で
渾身の接客しやす。

今夜もお客様との間に起こるすべての事象を愛すること。


『蘭峡』


台東から75㎞、太平洋沖に浮かぶ台湾の離島。

先々週ここで行われたマラソン大会に参加してきました。(15㎞だけど・・・)

現地のタオ族の血をひく方々の風貌は台湾人、台湾本土の原住民とはまったく異なり、

同じ沖合にある『緑島』の人々とも違う。台湾唯一の海洋民族だそう。


帰るときに、『また来るだろうな~~』

*『また来たいなぁ~~』ではなく。


と感じるのは、光や緑や雨やら人やら水平線が私に自然とそう思わせた・・・・・


とか言ってみる。


ちなみに南国リゾート的な施設はないので、

虫や動物が苦手、ウォシュレット絶対!!とかいう人は無理。


飛魚の一夜干し、美味しかった。




晴れたり降ったり。変化多。

焼畑的なもの?

太平洋にポツンとある趣。

島中に山羊がいる。