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繋プロジェクト-TSUNAGI PROJECT-

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小学校から妹と姪っ子の赤ちゃんを連れて帰る事にしましたが水没している中を進むのは今考えるとかなり危険だったと思います。弟は職場に残る事になりました。なんとか無事水から脱出できましが実家までは距離があり悩んだ結果自転車に兄が赤ちゃんを抱っこして三人(子供用の自転車でかなり無茶でしたが)で乗りもう一台を妹が乗り帰る事となりました。やっとの思いで橋を渡り切った後は上り坂のトンネルが待ち構えておりましたがトンネルに入る手前で親切な方(もちろん見知らぬ方です)に出会い妹と赤ちゃんを車に乗せてもらい出口まで送って頂きとても助かりました。あの頃は皆さん自分の事で精一杯だったはずにも関わらず、この様に親切な方が沢山いてまだまだ捨てたもんじゃないなと感じたものです。
やっと実家まで到着すると赤ちゃんの笑顔に癒されみんな笑顔になった一瞬でした。こんな時でも子供達の笑顔は凄い力があるものと改めて感じさせられる一時でした。

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連れて来た姪っ子です。

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弟家族の安否確認のため通れる道を探しながら行く途中に叔母の家を確認すため見に行くとそれ以上先には水が抜けておらず進めませんでした。
辛うじて迂回しながら進むと私の母校でもある高校の姿が見えたのも束の間その変わり果てた光景に唖然…海からかなり離れてるにも関わらず一階が水没していてグランドらしき場所は海の様になっており避難者が孤立していました。そこから数キロ先に弟の職場の小学校があると思うと不安でしたが、とにかく前進ようやくたどり着いたものの以前の風景は一変しており、またもや水に阻まれ身動きが取れずにいた時にロープを辿り行ける場所を発見、
泥水に浸かりながら何とか進み、やっとたどり着く事が出来ました。
校舎の中に入ると一階は津波でやられており愕然、二階に上がると保健室らしき場所を発見し中に入ると、赤ちゃんを抱っこする妹を発見し思わず涙がでました。その後弟とも会う事でき恥ずかしながらお互い涙したのを覚えています。

しかしながら弟家族は本当にたまたま無事なだけで無念にも亡くなられた方々が大勢いらした事は言うまでもありません。
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石巻の海岸。

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皆様同じ状況でしたが通信インフラが途絶え幹線道路は寸断され安否確認が出来ずにいたころ、家族を探すためトンネルを恐る恐る進むと昨夜には津波で水没していた道路が膝付近まで水が引いており兄と二人で「とにかく行ける所まで行ってみよう」となり、先にある歪んだ橋を全速力で通過し北上川を渡った先の光景にまた驚きました。

一瞬目を疑いましたが街が水没しており、まさかこんな所まで津波が来たとは…普段は水が入らない地域のため水の抜けも悪く一面海の様になっていてこれ以上は行けないかと話し引き返そうかと思った時、ふと見ると土手の上にあるサイクリングロードが微かに顔を出していて人が歩いているのに気が付き行って見ると唯一そこの道だけ通る事が可能でした。

そのすぐ先には嫁さんの実家がありましたが水没していて大声で叫びましたが応答がありまはせん、しかし車が無い事に気が付き避難した可能性もあるのではと考えていた時に偶然親戚の叔父と叔母に遭遇「みんな山に避難したみたいよ」聞きましたが当然会う事は出来ません、叔父家族はみんな無事だとの確認後に弟家族の安否確認をするため、また行ける所まで行って見ると事になり前え進みました。
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