数日間で避難所の方々や小中学校などの意見を聞き確認作業と打合せを重ねようやく支援物資が到着する当日。
高速道路のインターで待ち合わせをして先方が大量の支援物資と共に無事到着、スケジュールも詰まっていたので挨拶もそこそこに石巻に出発し三陸道を降りて最初の訪問先である釜小学校に迎ましたが時間がギリギリで無事到着。
まずは職員室に伺い先生方に挨拶を済ませ休む間もなく物資をトラックから下ろし案内される教室へ。
待ち受けていたのは釜小学校の生徒さん達、なんと拍手で出迎えてくれたのです。これには少し緊張気味だったISSAさんも感激しほぐれた表情になりました。
なぜ緊張していたかと言うと教室に入る前の打合せ中に深妙な顔で「何を話したら良いのか…」言いました。被災地を目の当たりにしあまりの現状に言葉を失っていたからです。そして「亡くなられた生徒さんはいらっしゃるんですか?」などの質問に答えましたがより一層厳しい表情に…。その直後の事でしたので当然だと思います。
子供達の話に必死で言葉を選びながら慎重に答えるISSAさんは当たり前のことですがテレビで拝見する姿とはかなり違う印象でした。
なんとなくお互い緊張しながら会は進み支援物資を贈呈した後サプライズが、生徒さん達全員で歌のプレゼントが用意されいたのです。
これにはさすがに感極まり涙を浮かべながら…最後に「私達が元気が出るようにしなければならないのに恥ずかしい話逆に私が元気をもらってしまいました」と言った言葉が印象的でした。しかしスケジュールも詰まっていたため惜しみながら次の訪問先へ。
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話は少々飛びますが前回の出来事から続く話しです、それからも同じ様に被災地から発信せれる意見をもとに支援物資などを集め届けるといった事をしばらく続けていたところに度々お世話になっている青志社さんから再度連絡入りました。
話によるとどうやらある芸能プロダクションなどが企画する震災チャリティイベントで募金を募り集まったお金で被災地に支援物資を送りたいので現在必要な物は何か無いかと内容でした。その頃になると生活に最低限必要とされる物資はある程度集まるようになっていた状況から子供達が学校や保育所などで使うものが不足している事を伝えると快く承諾して頂きすぐに具体的に何がどれ位必要か現場の方々の意見を聞きながら早速作業に入りました。
当時避難所に必要になっていた物も用意して頂く事になり避難所の方々に話を聞くと大きめのタオルやシーツなどが蔓延的に足らない状況を伝え急遽取り揃える運びとなりました。その他にも各要望になるべく応えれる様に細かい配慮もして頂きました。また以前青志社さんの関係者の皆様から支援して頂いた数が足らなかった小学校の子供達が必要な外靴、上履き、長靴、なども追加、小中学校並びに保育所用に帽子やTシャツを人数とサイズを把握し足らなくならない配慮も万全んにして頂き作業を進める事に。また嬉しいことにそのプロダクションに所属しているDA PUMPのISSAさんが応援に駆け付けてくれる運びとなり充実した内容となったのでした。
東北産業復興プロジェクトの活動の一環である「繋プロジェクト」としてもようやく徐々にではありますが形として出せる活動となった一つの出来事でもあります。
一部の画像です。
詳細は次回お伝えします。
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話によるとどうやらある芸能プロダクションなどが企画する震災チャリティイベントで募金を募り集まったお金で被災地に支援物資を送りたいので現在必要な物は何か無いかと内容でした。その頃になると生活に最低限必要とされる物資はある程度集まるようになっていた状況から子供達が学校や保育所などで使うものが不足している事を伝えると快く承諾して頂きすぐに具体的に何がどれ位必要か現場の方々の意見を聞きながら早速作業に入りました。
当時避難所に必要になっていた物も用意して頂く事になり避難所の方々に話を聞くと大きめのタオルやシーツなどが蔓延的に足らない状況を伝え急遽取り揃える運びとなりました。その他にも各要望になるべく応えれる様に細かい配慮もして頂きました。また以前青志社さんの関係者の皆様から支援して頂いた数が足らなかった小学校の子供達が必要な外靴、上履き、長靴、なども追加、小中学校並びに保育所用に帽子やTシャツを人数とサイズを把握し足らなくならない配慮も万全んにして頂き作業を進める事に。また嬉しいことにそのプロダクションに所属しているDA PUMPのISSAさんが応援に駆け付けてくれる運びとなり充実した内容となったのでした。
東北産業復興プロジェクトの活動の一環である「繋プロジェクト」としてもようやく徐々にではありますが形として出せる活動となった一つの出来事でもあります。
一部の画像です。
詳細は次回お伝えします。
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支援物資と並行して三月中旬から下旬4月にかけて炊き出しをしてくれる方々も徐々に出て来た頃の話です。
青志社の方々が度々支援物資を運んで来てくれる中でこんな話が舞い込みました。当時石原プロの炊き出しが被災地に来ると言う噂がありましたが何処に来てくれるのかなとちらほら話が聞こえ出したと思ったら石巻に来るらいいとの情報が。阪神大震災での活躍ぶりを見ていた事もあり、また暖かい物が余り食べれなかった当時の状況から皆さん期待して待っていました。炊出し当日から大反響で現場は人でごった返し長蛇の列を作っていたそうで石原プロに所属するタレントの方々も大勢来て炊出しを作って頂いたそうです。
ちょうどその時来ていた青志社の社長が石原プロと知り合いだった事から連絡が入り、他の炊出しの場所を探しているとの内容から私に話が来ました。
なぜ私?と思いつつとりあえず地元の避難所など幾つか候補をあげ視察したいとの要望がありましたが私には選べないので炊き出し可能な人数を伝えて頂ければ何とかマッチする場所を教える事は可能との話しになり食材も限られている状況もあり混乱を避けるための配慮をしアテンドする事に。
何とか必要な情報は伝え最終的な判断は先方に任せました。条件に見合う幾つかの場所に下見に行きとりあえず場所は決まりましがどこまで声をかけて良いか非常に難しくまずは避難所にいる方々がメインとし近所の方々までを対象とする話にまとまりました。
前日簡単な打ち合わせをし迎えた当日、いよいよ石原プロの方々がやって来て炊出し開始です。避難所の方々も突然の石原プロの訪問に驚きながらも喜んでおり温かい炊き出しのおかげで現実から少しの間忘れさせて笑顔になるそんな時間でした。
その様な時間を与えて頂いた石原プロ並びに関係者の皆様また青志社の方々には誠に感謝しております。有難うございます。
http://www.27p.jp
青志社の方々が度々支援物資を運んで来てくれる中でこんな話が舞い込みました。当時石原プロの炊き出しが被災地に来ると言う噂がありましたが何処に来てくれるのかなとちらほら話が聞こえ出したと思ったら石巻に来るらいいとの情報が。阪神大震災での活躍ぶりを見ていた事もあり、また暖かい物が余り食べれなかった当時の状況から皆さん期待して待っていました。炊出し当日から大反響で現場は人でごった返し長蛇の列を作っていたそうで石原プロに所属するタレントの方々も大勢来て炊出しを作って頂いたそうです。
ちょうどその時来ていた青志社の社長が石原プロと知り合いだった事から連絡が入り、他の炊出しの場所を探しているとの内容から私に話が来ました。
なぜ私?と思いつつとりあえず地元の避難所など幾つか候補をあげ視察したいとの要望がありましたが私には選べないので炊き出し可能な人数を伝えて頂ければ何とかマッチする場所を教える事は可能との話しになり食材も限られている状況もあり混乱を避けるための配慮をしアテンドする事に。
何とか必要な情報は伝え最終的な判断は先方に任せました。条件に見合う幾つかの場所に下見に行きとりあえず場所は決まりましがどこまで声をかけて良いか非常に難しくまずは避難所にいる方々がメインとし近所の方々までを対象とする話にまとまりました。
前日簡単な打ち合わせをし迎えた当日、いよいよ石原プロの方々がやって来て炊出し開始です。避難所の方々も突然の石原プロの訪問に驚きながらも喜んでおり温かい炊き出しのおかげで現実から少しの間忘れさせて笑顔になるそんな時間でした。
その様な時間を与えて頂いた石原プロ並びに関係者の皆様また青志社の方々には誠に感謝しております。有難うございます。
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