2021年3月9日、東京地裁に「よっしゃー!」と言う男の歓喜の雄叫びが響いた。声の主は強盗致死罪などに問われ、守下実裁判長から懲役28年が言い渡された須江拓貴被告(24)だった。今回の裁判には須江被告とともに共犯者の酒井佑太被告(24)、小松園竜飛被告(27)が同時に出廷し、両被告にはいずれも懲役27年が下った。3人はSNSを通じた「闇バイト」などで集まった「犯罪集団」の一員だった。
彼らは実行犯を変えながら犯行を重ねてきたため、裁判で複数の犯罪が裁かれた。そのなかでも世を震撼させたのが被害者が死亡した“アポ電強盗”だ。2019年2月28日、東京都江東区のマンションの一室に宅配業者を装って侵入、居合わせた加藤邦子さん(80)を拘束。金品を物色したが、見つからず逃走した。加藤さんは2月中旬、『お金はありますか』という不審な電話が架ってきたと知人に相談していた。
手足を緊縛され、口を粘着テープで塞がれた加藤さんはそのまま死亡した。アポ電強盗は強盗に入る家を見定めるため、事前に電話で現金がどのくらいあるかなどを聞き出した上で行われる。振り込め詐欺では途中で気づく高齢者も増えてきたことから、詐欺グループが『騙せないなら』と強硬手段に出はじめ、凶悪事件も発生している。今回のケースは強盗のさなかに被害者女性が死亡するという痛ましいものであった。
須江被告はアポ電後に実際に強盗をする一員だった。2016年8月には住居侵入や窃盗の罪で執行猶予付きの有罪判決を受けているが、懲りることなく、その後も犯罪を重ねてきた。今回の判決でも数々の犯罪が明らかになった。須江被告は2019年1月12日の未明、他の共犯者とともに、東京都中央区の会社に侵入して金庫を盗んだほか、同月には不正に入手した他人のキャッシュカードで現金を引き出そうとした。
同年2月1日朝には、SNS上で募集されていた「闇バイト」を通じて知り合った須江被告と小松園被告が他の複数人の共犯者とともに、東京都渋谷区笹塚の高齢夫妻の自宅に警察官を装って侵入した。当時76歳の高齢女性と80歳の夫の手足を縛りあげ、口を粘着テープで塞いだ上、現金400万円などを奪って逃走している。この「笹塚事件」も事前に被害宅に電話を入れて現金の有無を確認するアポ電強盗であった。
江東区でのアポ電強盗直前にも、別の犯行に及んでいる。同年2月28日午前2時30分頃半、須江被告、酒井被告、小松園被告の3人は長野県佐久市にいた。同地は須江、酒井両被告の地元であり、土地勘があった。彼らは市内店舗を構えるブランドショップに侵入し、高級財布など35点(販売価格229万6350円)を盗んで逃走していたのだ。そして、その帰りに、江東区の加藤さん宅へ押し入ることになる。
須江被告と酒井被告は地元の同級生で、ふたりとも地方にいるやんちゃな風貌の若者だという。逮捕時には報道関係者を鋭い目つきで睨むように見ていた。小松園被告は体格がよく、元プロレスラーの前田日明がプロデュースするセミプロ・アマのプロレス大会『THE OUTSIDER』への出場経験があった。同大会は格闘技を通して不良たちの更生を目指すとしており、現在は人気格闘家の朝倉未来も活躍していた。
小松園被告は体格を活かし、被害者を押さえ込む役割を果たしていた。警視庁は加藤さんの死因は3人による暴行で殺意もあったとして、強盗殺人容疑で3人を逮捕した。加藤さんの死因は暴行時に首を圧迫された窒息死と認定し、検察は無期懲役を求刑。司法解剖をした医師は急死の兆候が見られることに加えて致死的な損傷がないこと、頸部に圧力が加わったことを示唆する所見があることから検察の主張を支持した。
しかし、公判で3被告の弁護人らは、検察側が主張するような暴行は行われておらず、事件によって加藤さんに過度のストレスがかかり持病である慢性心不全が急に悪化したことによって死亡した可能性があると主張。別の専門家も「弁護側の主張する可能性を捨てきれない」と証言している。そして、東京地検は被害者が存命の笹塚の事件などを考慮し、殺意までは認定できないとして強盗致死に切り替え起訴している。
法廷では加藤さんの死因が主要な争点となった。検察側は死因が心不全ではないと主張したが、裁判所は弁護側の主張を採用。判決で裁判長は「被害者が窒息死した可能性はあるが、慢性心不全が急に悪化して死亡した可能性を排斥するのは困難」とした上で、「『疑わしきは被告人の利益に』の原則に従い被害者は被告人らの行為による慢性心不全が急に悪化によって死亡したと認定」と懲役28年の有期刑とした。
須江被告はその判決を聞き、閉廷するやいなや、冒頭のように「よっしゃー!」と大声を上げたのだ。ところが、判決後、検察は無論のこと、いずれの3人の被告も判決を不服として東京高裁に控訴しているのだ。しかし、なぜ須江被告は法廷で声をあげるほど喜んだにも拘わらず、控訴したのだろうか。その理由を大手紙社会部記者は「自分に有利な一審判決で自信を持ち、さらなる罪の軽減を目指していると考えられます」と解説する。
しかし、昨年3月の判決は検察の主張を完全に否定したわけではなく、「心不全の可能性も捨てきれない」という消極的な判断だったため、控訴審でひっくり返る可能性もある。首を圧迫して死亡させたことが認定されれば、悪質さが際立ち、他の罪も相まって無期懲役も十分にありえる。基本的に罪を認めて反省している様子だったという須江被告だが、ついあげてしまった歓喜の雄叫びが、今後、情状面で不利に働くことはないのだろうか。