雨が上がったので、午前中、筑後国江之浦城跡、海岸線だった慶長本土居を巡って来ました。
確かにあった田中橋。
江之浦城は、岬に立っていて、この場所には、常夜灯があったのですね。
岡崎の城内にも、吉政は大きな常夜灯を灯しました。

田中の道標のあった三叉路、少林寺の西に、折れ曲がった道があります。
これは、福島城下にもあり、福島城の場合は、そこから登城で、会所(城の受付の様な場所)に向かい城内に入ります。
なので、ここから北の方西側に本丸、東側に二の丸があったのですね。


淀姫神社は、田中の時代は、神事も無くひっそりしていたとの事なので、中までは入りませんでした。
現在の参道の入り口を本土居が横切り、後には街道となりました。↓

城下の西側からの眺め↓写真の左側が淀姫神社です。

今日は、矢部川を江浦側に渡った後、先に江浦本丸信号を過ぎてから江浦信号から左に曲がり、街道を田中橋まで行って引き返し、慶長本土居の跡の道を淀姫神社前を通り、そのまま慶長本土居を矢部川まで。

振り返って…、曲がり角。
農地の改良工事で、角ばってますが、少しカーブしていたでしょうね。
江之浦城は、岬にあった。
それはなんとなくわかりました。