平穏な休日が、戻って来ました。
今年の「田中吉政展」は、これまでの年よりに比べると、数えていませんが、新聞記事の影響もあってか、後から後から湧いて出るくらいのお客様。
換気を考え庭側の戸口を開けたり、感染対策でてんてこまいでした。
筑後国歴史好き、田中家家臣の子孫、田中家の子孫、戦国好き、さまざまでしたが、私の説明を聞くにあたり、軍記物に毒されて「忠政を暗殺説を説かれ、こうでしょう?」とか、「徳川は田中を潰したかったんだよね」とか話され目が点に。
でも、そんな中、吉政ファンの方もたくさん居られました。
ホッとするやら嬉しいやら。
聞く耳持たない方、説明して欲しい方様々。
最近は、コロナでお店のお客様もまばらで、運動不足の足が腰がで、毎日ボロボロで倒れ込むように眠る日々(言い過ぎ)で、終わってホッとしています。
おいでになった方々、お友達、有り難うございました。また、お店で、ネットでお会いしましょう。^_^
八君も朔君も、ホッとしています。

期間中に、合間をぬって江浦城跡の事を調べていました。
そして、これを古本の通販で購入しました。
「郷土江浦町」
新品のようです。

江浦城は、元々岬に建っていたようです。
ピンクの線が干拓の為に作った慶長本土居です。
潮が引いた時に一気に作って、その後に埋め立て工事をしました。

問題は、吉政の子の田中主水忠正が城番で入り久留米城に、次に田中河内守吉久さんが入り、慶長18年に没って年表に書いてあった…え?
子の忠正は忠政?江戸にずーといた筈ですが、そして、久留米城主ではなく筑後守になりましたが?
さてさて、暫く、その出処を調べてみます。
でも、城内の地域に残る田中の地名、田中橋、田中道標。
昨日朝、歯医者さんに行って、お店でお昼ご飯を食べて、メールチェックをして…、あら、通販の「田兵」第二部のご注文が入ってました。
通販第一号様です。
感謝いたします。
先ほど発送しました。