ある方のブログを読んでね、
私も 知りたいな と思って、聞いてみたんですよ。
マザーtreeに。
マザーだけに!!!
母親って何?
その答えは、、、
シーーーーン。。。
こない。答えがこない。
高次の存在って、
あえてその質問に答えない。 ってことあるんだな。
と思いました。
そんな時は、聞き方を変えてみたり、
ただ 焦らず 答えがくるのを待ってみると良いんですか。
そしたらね、
"あなたはどんな風に生きたい?"
って 返ってきた。
"私は 私を生きたい。".
"そうよね。じゃあその定義、要らなくない?".
チーーーン。
確かにーーー!!!
私たちってね、真面目な人ほど なんですけど、
物事を定義するのがめっちゃ好きじゃないですか?!
ほら、あの 中学生とか 高校生の時に、
新しいことを勉強する時に、一番上にさ、
〇〇とは。みたいにして書かなかった?!
それで、蛍光ペンの箱で囲むー!! みたいな!!
やったー? やったよね。
〇〇とは 。 っていう定義ってさ、
数学の公式 とかには当てはまるんだけど、
私たちが生きていく中で、
例えば一個前の記事みたいに、
友達とは。 とか
母親とは。 とか
妻とは。 とか
愛とは。 とか
結婚とは。 とか
定義しようとした時点で違うエネルギーになっていくの分かります?
なんか 重くなってきますよね。
ズッシリ こない?
重く感じる事は あなたにとって真実ではないし、
機能しないからね。
〇〇とは。 に含まれるエネルギーには、
やっぱり
こうなるべきである。 が入っていて
やっぱり それに該当しないとさ、だめであり、
間違いになってくる訳じゃないですか。
自分も。他人もね。
例えば私なんかさ、
ふとね、あー、今日子どもの話聴いてあげたかなー、
大丈夫だったかなー と 反省しちゃうんですよ。
今ご飯作ってるー とか
疲れたー とか
眠いー とかで あー、真剣に話聞いてあげなかったなあ。
↓
ダメな母親だなあ。
↓
子どもに申し訳ないなあ。
↓
私がお母さんなんて子どもが可哀想だなあ。
↓
もはや生きてる価値なし。
くらいまで落ちてましたよね。以前は。
いやいや、私、深いでしょ? 笑笑
でもさ、今は ダメな母親だなあ あたりで気づくんですよ。
え? ダメな母親なの? 私。
って。
でね、
そこで 切り替えるんです。
私、どうしたい? に。
私は子どもと信頼関係を築きたい。
子どもが愛情に対して安心していて欲しい。
私は 私のままで伸び伸びと子供と関わりたい。
って今は思う訳ですよ。
そしてそれを望みます。素直に。
そして、
そのためにはどうしたらいい?
って考えます。
以前は ただがむしゃらに
いい母親定義をカッチカチに持っていて
それに自らがんじがらめ になっていた気がします。
こうあらねばいけない 定義って、要は正しさ、正義 ですよね。
だから、
友達とは。 とか
母親とは。 とか
妻とは。 とか
愛とは。 とか
結婚とは。とか
みたいに定義づけをするとね、
そこに正義が生まれて、
その正義、または 正解に 合ってない自分はダメなやつ。
と自己ジャッジを始めるんです。
また、自己ジャッジを持っている私達は
人もジャッジします。
友達とは。 とか
母親とは。 とか
妻とは。 とか
愛とは。 とか
結婚とは。とか
仕事とは。とか
大人とは。とか
でもさ、考えてみて。
その定義、決めたの誰よ。
誰かが言ってた?親が言ってた?
先生が言ってた? そーゆうもんだから?
ずっとそうだと思って生きてきた?
わかる!!!
でもさ、自分がそれに違和感を感じたりとか
それに苦しめられたりとか
それによって自己ジャッジや他人をジャッジしちゃったりとかするなら、
それ、要らなくね??
そんな時は、
私はどんな 〇〇になりたい?
に変えてみるといいですよ。
そして、さらに、
そこでもまだ、なんか上手くいかない時は
〜べき。 に囚われています。
その 〜べき。 は 細胞にプログラミングされてるからね、
もし上手くいかない人は 個人セッショエナジークリアリング を受けてみてね〜。
マザーtreeに聞いてみた話だったけど、
みんなにどんな風に伝えたらいい?
って聞いてみたら、あなたの方が説明できるでしょ♡みたいな感じだったのでやってみたよ〜
①その定義、その理想、その正しさ、どっからきた?
と聞いてみる。
これいいよー マジやって。
②それは自分に機能するのか を見てみる。
③自分はどうしたいか で決める。
①→②→③がやり方だけど、
長年それでやってきて 訳が分からなくなって
自分がどうしたいか 分からない人は
私のセッション受けたらいいと思います^^
ではね♡
今日の記事、保存版だったよね。
谷朋子
