亀も多い。大きいのやら小さいのやらが、護岸の壁面に張り付いて甲羅干しをしている。そこへ私が近づいていくと、慌てて水に潜る。でかいのもいるから、ドボンと大きな音がする時がある。それに、水鳥も豊富だ。白いのやら黒いのやらがいっぱいいる。中には、天然記念物を思わせる巨大な鳥もいる。それを初めて見たときは、その大きさにギョッとしたものだ。それが水面スレスレに羽を広げて飛ぶ姿は本当に壮観だ。あれはきっと、エサを捕っているのだと思う。そうでなければ、あんなにスレスレに水面を飛ぶ必要性はないんだから。このように私は動物が大好きだ。生まれてからズッとそんなことはなかったが、一時期付き合っていた女の影響でそうなった。彼女は一匹のダックスフンドを飼っていた。私は彼女のアパートに行くたびに散歩に付き合わされた。犬というのが日に一度は散歩させる動物だと言うことも初めて知った。小さな動物が、私の目の前をリールにつながれて走っている。そして時々、チラッとわたしを見るのだ。その目が可愛かった。
タロウは、驚いたことに名前を呼べば私のとこにやってきた。何も教えたわけではない、自然とだった。うれしかった、可愛かった。私は、ペットボトルに水を入れて持ってきており、それをタロウにあたえることを楽しみにしていた。ただ、喉が渇くだろうと思って、なにげに始めたことだった。それが習慣化したのだ。
私は、右手にペットボトルを持ち、左手にくぼみを作ってうまいこと飲ませることを覚えた。タロウは長い舌を巧みに使って、勢いよくそのすべてを飲み干したものだ。
ある日のこと、カラスが一羽木の上から地べたへおりてきた。タロウは、急いでカラスに駆け寄った。だが、カラスはすぐには飛び立たず、ケンケンをしてタロウの周りを回っていた。タロウはそれを執拗に追いかけた。やがて、カラスは飛び立った。タロウはそれをある程度追い、見えなくなってからは立ち止まってから何度か吠えた。きっと、タロウはカラスと友達になりたかったに違いないと私は感じた。捕まえて、エサにしようという考えはなかったと思う。
そのタロウが数ヶ月後に死んだ。不穏な兆候はなんとなく感じていたので、その時は、自分が救えなかった、助けられなかたの思いしかなかった。悔しくて泣いた。実は、飼い主の女に新しい男ができていた。彼女はその男に夢中になり、タロウの世話を怠って結局は死なせてしまったのだ。エサや水はこまめに取り替えないと雑菌がわき、小動物は感染症にかかって死んでしまう。私が甘かったのだ。行く度に女の部屋が汚れ、タロウのゲージも汚れていった。私はその都度文句を言った。女の部屋などどうでもよかったが、タロウのゲージが汚れていることは我慢ならなかった。女は、ありそうないいわけをくどくどとした。私は納得できなくて殴る蹴るしたこともある。でも、結局私が甘かったのだ。男ができたのを最後まで見ぬけなかった。女を完全に支配していると慢心していたのである。
きっと、タロウは毎日の散歩もいかせてもらえなかったかもしれない。私が部屋に行くと、早く行こう、早く行こうと足にすがりついてきた。あんなに散歩が好きだったタロウ。私はダラダラと涙をながした。一報を受けたとき、私は女に怒鳴った。
「そこを一歩も動くな。これから行く!」
続く