秋の陽はつるべおとしとはよくいったものである。脇道に入った頃にはスイッチを切ったように暗くなってしまった。それでもコウジは何度となく訪れた経験からあわてたりしなかった。これからも結構な距離行くわけだが、沖の灯台のようなしっかりとした目標物があるのを承知している。彼はライトを上向きにして低速で進んだ。あまり音を立てると怒り狂ったイノシシが体当たりをかましてくる恐れがある。

 「デッカいのがウヨウヨいるんだ。鋭い牙を生やしたヤツがな。車のボディなんかすぐ穴をあけちまう」

 石井宗男はこういってる。

 ”きのうがデッカい犬できょうはデッカいイノシシかい?冗談じゃないよ”

 それに石井宗男は否定しているが、デッカい熊の場合だってあるんじゃないかとコウジは密かに心配している。

 だいぶ来た。コウジはハンドルを両手でしっかりと押さまえ左右に気を配りながら上目使いに宙空を見上げっぱなしである。

 ”今、見えた。”

 輝く一等星のような光りが規則正しく点滅している。スマホの中継塔の光りであった。てっぺんに王冠を飾ったような煙突のようにひょろ長いそれは、その方角に倒れれば石井の家を押し潰してしまいそうなほど近くに立っている。土台は鋼鉄のようなコンクリで固められていて防御柵の外側にもそれは広く及んでいる。少し傾斜しているが車を置くにはもってこいのスペースであった。なにしろ、道路の他にはぬかるんだ草地ばかりの所である。例によって、鈍い光りを放つ石井の黒いベンツが止まっている。コウジはそれに鼻面を合わせるようにユックリと自分のローレルを着けた。

 おりて、石井の家の光りを確かめる。ボウッとした全体的な電波塔の光りの中に家の外郭が吞まれてしまうほどのちっぽけな家だった。コウジは石井がこの家を購入する際に、下見につき合わされたことを思いだしていた。

 「電気はイイとして」と石井はいったものだ。そのころは石井もコウジもスマホの中継塔を電気塔と勘違いしていた。

 「問題は水だ」

 石井は水道の蛇口を開け放って一時間ばかり流しっぱなしにした挙げ句、「タンクを使った詐欺が横行しているからな。少しばかり出たからって安心はデキねえんだ」といって蛇口を閉めてから「ヨシ、決めた」ともろ手を打って立ち上がった。

 だからコウジは、「エーッ、こんな山ん中でいいんですかい?兄貴。こんなとこじゃタバコひとつ買うにも骨ですぜ。周りには木しか植わってねえ」ところが石井は間髪を入れず怒鳴り返してきた。

 「バカヤロ、オメエにゃ、極道モンが土地付きの一軒家を持つって意味がわかってねえ。教えてやるからようく聞けよ。オレたちゃ泣いても喚いてもローンが組めない立場なんだぞ。それが一軒家を持てる。しかも土地付きだ。日本国の領土をチョッピリだけどいただいたってわけだ。違うか?違わないだろ。どんなに小さくたって一国一城の主だ。世間もそれなりに認めてくれるし、誰に気兼ねなく石井組の看板だって上げられる。ここまでいやあ、オメエにだってわかるだろう?アア」

 彼は涙ぐんでいた。そして、「苦節十年。やっとここまで来た」と振り絞るように喚いてとうとう泣きだした。

 その時は呆気にとられて「そうですね」と相づちを打ったコウジだったが、泣き出すほど嬉しがった石井の心情は今もって理解できない。山の中に文字通り兎小屋のようなちっぽけな家を手に入れてなにがそんなにうれしいのか?一等地に御殿のような家を建てたのとは訳が違う。そうせせら笑ってはいるが、そのくせ食いつめると押しかけて幾度となく世話になっていた。

 

                           続く