外はすでに薄暗かった。風がザワザワと木立を揺すって吹き渡ってくる。ミチはまた降ってくると直感した。遠くに車の通行する道路が望める。そこまで歩かねばならない。しばらくして、盗んできたタバコに火をつける。久しぶりのことだった。吐いた煙はアッという間に遠ざかる。からい味だった。男の毛むくじゃらな尻が不意に浮かんだ。だけど、それは北条満の笑った顔にすぐに打ち消された。ミチは妙な気分になって残りのタバコを草むらに捨てた。
目指した道路に近づいた頃、ポツリポツリと始まってそれに気をつけて歩き始めた途端に酷い降りにに変わった。
片方が山に面している、比較的整備された道路だった。ザラザラとした補強材が山肌を覆って続いている。それに連なる頂きに赤っぽい建物が見えた。緑の中から平べったい屋根が突き出ている。”紅”というモーテルに違いなかった。ミチはそこにいろんな男たちと出入りした覚えがある。ということは、この道をズッとたどっていけばガマと遊んだ道と交差するはずだと見当をつけた。
いくらか安堵して広い道を進む。ところが、雨はもっと激しくなりあたりはいよいよ暗くなってきた。車は時々にしか通行しない。なかにはミチの姿に興味を示して、速度を緩める車もあったが結局は走り去った。そのうち、信じられないような豪雨になった。風はないが、大粒の雨が息の根を止めるように降りそそぐ。水が彼女の表面を滝のように流れていた。
着ていたシャツは肌と同化したように張り付き、ジーパンは鉛のように重くなった。時間を確かめたかったが、腰に巻いたバッグから携帯を出すのは憚られた。精密なモノほど水に弱い。
彼女は仕方なしにヨロヨロと歩いた。もうこの状態では車に拾われることは諦めねばならない。豪雨が恨めしかった。暗くて人気のない山道。男が女を誘うにはもってこいの条件である。女は体を与えて、食糧、金、寝場所なんかを得る。ミチはそのことに手慣れていた。自信もあった。だからとりあえずは通行の頻繁な大きな通りを目指したのである。ところがこのキチガイ雨ときた。車の数も減ってきている。
ミチはとうとう雨に耐えきれなくなり、大きな樹の根本にヘナヘナと座り込んだ。その時、腹がキューッとなった。激しい空腹感に襲われたのだ。寒くもあった。胴震いがして歯がガチガチと鳴っている。ガードレールの向こうを光りをともした車がユックリと走行していく。
このどうしようもない現実に、ミチは太った男のアパートを出たことを後悔し始めた。男の暖かい大きな体が恋しかった。狭い部屋には、一応鍋や食器もあったので食べられるものも男は持っていたに違いない。彼女は呆然と上を向いた。暗い葉の繁みからボタボタと雫が垂れてきている。そのひとつが顔にかかった時、彼女は突然、死を思った。恐怖に心底凍てついた。だがそれは、ほんの短い時間であった。彼女は硬い樹の皮を掴んで立ち上がった。歯を鳴らさせ体を震わせながら歩き始めた。そしてそれからは、途中、もっと大きな樹を見つけても決してへたり込むことはしなかった。彼女はたとえ雨が頭を溶かそうとも、脚だけは動かそうと心に決めて進んだ。それがどんなにユックリとしたものでもかまいはしない。そう思っていた。
続く