雨が上がって、田中ミチは避難していたバス停の小屋から熊のようにのっそりと這い出た。尻や胸にはでっぷりとした肉を蓄えているが、胴は絞ったようにくびれていて豊かな曲線を思わせる大きな女だった。意図的に紫外線で焼いた肌はすでにくすんでいて、むき出しの太い腕には醜いまだら模様を作り、好都合に無数のタバコの焦げ後を隠している。

 真っ黒な瞳には物憂げなところが見え大抵は慎重に動いている。山形の唇は薄く兎のようにガッチリとした歯が突き出ていて、どうしてもキチンと閉めることができない。平たく張った鼻翼には片っ方だけ小さな鉄の輪が通してある。髪は、トウモロコシの毛のように赤っぽい。今は水気を吸ってだらしなく垂れているが、陽の光を浴びれば力強く盛り上がってくるはずだ。彼女はノビをし空模様を確かめると、腰のバッグをたくし上げユックリと歩き始めた。

 

 草の生えた川沿いの小道をしばらく行くと、水の中から大きなガマがのっそりと這いだしてくるのが見えた。背と腹の膨らんだゴム靴ほどの大物でその動きはあきれるほど鈍い。彼女は近づき、慎重に足で押えておいてから鷲づかみに拾い上げた。ズシッとくる重量でそうした生き物のヌメッとくる感触が手に伝わってきた。突き出た丸い目をパチクリさせ、地べたにいるときのように曲がった手足を緩慢に動かしている。

 じっくりと観察しているうち、彼女はイボの並んだ背中よりも膨らんで垂れた黄色い腹に興味をそそられた。なにげなく指でつつくと少しヘコみガマはその大きな口を開いた。彼女は驚きもっと強く押した。すると、ガマはグエーッと鳴き厚く平べったい舌を出した。彼女は目を見張った。今度は押すのに両方の親指を使った。ガマは大量の水溶液を吐き出した。もう、彼女は夢中になりガマの腹を押し続けた。その都度、ガマは鳴いたり舌を出したり水を飛ばしたりしたが、あまりの頻度に弱ったのか手足をグッタリさせて反応しなくなった。息絶えたのかと思い、水につけると目だけは開ける。だが通常の動きには戻らない。

 だから彼女は腹を立てた。広い道路に向かいガマをその真ん中に置いた。ガマは手足を伸ばしたまま腹ばっている。動きは全くない。彼女はその様子を草深いところから見ていたが、やがてやって来たトラックがガマを跳ね飛ばした。ガマは駒のようにクルクル回って道端で止まった。ミチは大急ぎで近づいた。

 ガマは腹を見せて倒れ、その腹から紐のような内臓をはみ出させている。驚いたことには凄い勢いで手足をバタつかせているのだ。そんな激しい仕草は彼を見つけてから一度もなかったことなので、ミチはそのさまを感慨深げにしばらく見つめていたが、やがてその動きは鈍ったので片足を摘まんで逆さにつり上げた。腹綿は下に垂れ、その時点でガマの動きは完全に止まった。

 ミチは細心をきしたが、運ぶ途中で腹綿は長く伸び、吹いてきた風に揺れて服を汚しそうだった。道路へ戻り、車幅とガマの位置関係を入念にチェックする。自動車が道路の端よりを走るのに気づいていた。彼女は何度もガマの位置をかえ調整を繰り返した。そしてようやく決心をつけると、子細がよく見える場所に身を潜めて車が通るのを待った。だがいつまでたっても、目指す方向からは車がやってこない。背後からやってきて、ガマの傍らを通り過ぎるばかりだりである。

 ミチがイライラしてガマの位置と自分の位置を変えようと動き出そうとした時、前方に車が見えた。それからはあっという間だった。ミチはタイヤがガマを轢き潰す瞬間を確かに見た。寄っていくとそこにはガマはいなかった。気味の悪い臓物がコンモリと盛り上がっていた。

 

                          続く