犬神三郎はフンってなもんで納得いかない。だから、京極に嫌みっぽく話しかけた。もちろん十蔵に聞こえるようにだ。

 「少し大袈裟なんじゃないの?そんなにたまげるほど人がくるかね?人気なのはわかるが、たかが格闘技だろうよ。ワールドカップとは違うと思うけどな」

 「マア、テレビ局がニュースにするからですね」京極が笑って返事した。「お偉方はミバを気にしますからね。格好付けだと思いますよ」

 「というか、これじゃサツカンの虫干しだよ。それならそれで意味もあるんだろうけどな」犬神はまだ皮肉ってる。

 その時、黒塗りのピカピカに輝いた大きなリムジンが隊列の横をすり抜けて、前方の広い路肩で停車した。

 彼らは車両の接近する音を耳にした時から、僚友の特殊車でも通過するのだろうと予測して、特別、振り返りもしなかったからその場違いな車の登場にそろって目を丸くしている。

 ドアが開き、ふたりの男が降りてきた。京極はそのひとりが猫田史朗であることはすぐに見てとった。もうひとりの豆タンクのような中年はどこかで見た覚えはあるがとっさに思い出せない。でも、その男が近づいてきて猫田史朗が口を開く前に、彼の記憶はハッキリと蘇った。といっても、男と直接の面識はない。新聞やテレビ、街角のポスターでよく見かける顔だったのだ。

 「こちらが犬神警部補と京極巡査部長です」目の前で猫田史朗は佐藤義則にいった。

 その直後、県知事はふたりに向かって突進した。

 「ありがとう」

 そう一言いったっきり、彼はダダをこねる幼児のようにふたりにむしゃぶりついて離れず、ついには彼らの手を交互に握ってちぎれるほど大きく振りたくった。その動作は横で突っ立っていた猫田と十蔵が呆れるほど長く続いた。知事の両の目からは洪水のように涙が溢れている。

 やがて、彼は猫田検事に肩を抱かれるようにして去った。犬神三郎はポカンと口を開けて遠ざかるリムジンを見ていた。激情家の三橋十蔵は完璧にもらい泣きしてしまった。エーユーと唸りながら、大きな手で犬神の肩をギュッと掴んで体を震わせている。

 京極進も涙を溜めて踵を返した。こぼすのを見られたくなかった。キラキラとしたまぶしい光りが飛びこんできた。ついに、涙が一筋二筋こぼれ落ちた。彼はふと天を仰いだ。真っ青な空がどこまでも果てしなく続いていた。

 

                          終わり

 

 あとがき 長い間のご愛読ありがとうございました。自分としてもマアマアの作品に仕上がったかなと思っております。特に、後半は筆が走りました。カラオケ”リベルタ”のシーンは感慨深いです。アクセス数も跳ね上がりました。いずれ登場人物の誰かを主人公にしてスピンオフ作品を書くつもりです。明日からは新作「ミチの青春」を連載します。これからも一生懸命頑張りますんで応援のほどよろしくお願いします。 大道修