犬神は首をうなだれて黙って聞いていた。京極は逆に体を反らし気味に前方を見ていた。目が慣れてきて並んだ隊員たちの頭をひとつひとつ確認できる。それらは車が振動しているにもかかわらず、棒に突き刺された晒し首のように微動だにしない。

 突如、犬神が顔を上げていった。眉を顰め険しい表情であった。

 「サソリが刺したのは亀だっていうんだな?じゃ、ちょいと聞くが亀のどこを刺したってんだい?亀の甲羅は硬くって、サソリの針など通さないと思うけどな。だからといって、頭の柔らかい部分を刺そうたって、ヤツラは危険を感じたら素早く首を引っ込める習性を持っている。だったら、サソリが亀を刺し殺すことなんてできないんじゃないかい?」

 「そうきたか」十蔵は優秀な罠を点検する猟師のように嬉しそうに舌を舐めずっていった。

 「そう指摘したのは何を隠そう、おまえで5人目だ。この数はマアマアの数字だと思う。つなりだな、おまわりさんの程度も捨てたモンじゃないっていうわけさ。大体この話を聞いて、なんらかの反論をしてくるようじゃネエとサツカンは務まらねえんだ。だけど、悲しいかなほとんどのヤツラはキョトンとした顔でラジオ体操のようにウンウンうなずいているだけだった。だから三郎。ヤッパリおまえは大したもんだということになる。ケドな、よく聞けよ。実をいうとこの話はこっからが本番なんだ。なぜ、亀はサソリにむざむざと刺し殺されたか?自分を守るべき硬い甲羅を備えていて、すぐさま首を引っ込めるような用心深い性質なのにアッサリ刺されちまった。どうしてか?そこにこの話の本当の本質があるってわけだ。だから耳の穴かっぽじってよく聞けよ。実をいうと亀はだな、そん時サソリを信用してたんだ。刺さないという言葉を信じ切ってた。だから油断して首を引っ込める前に、目やら鼻やらの柔らかい部分を刺されちまったんだ。そして、ふたりは仲よく川の底に沈んじまったとこいうわけさ」

 「なるほど、亀は馬鹿だしサソリはもっと馬鹿だとそういう話なんだな」と犬神がいう。

 「そういうこと」十蔵は満ち足りた表情をしている。

 「ケドな」犬神がニタリとして犬歯を見せた。「サソリが亀と一緒に死んだというのは嘘だぜ」

 「なんだと!」十蔵の表情が豹変した。

 「ヤツあ、泳げるんだ。格好だってザリガニに似てるし水ん中でもヘッチャラよ。スイスイってなもんだ。だから、ヤツあ亀が沈んでしまってもひとりで岸に泳ぎ着いた。そしてまたぞろ、そこに腰を据えた。違う亀が通りかかるのを待つためにだ。ヤツあ、刺し殺すのに飽きるまでそうするつもりだったんだ」

 「嘘だ!」十蔵が怒鳴った。サソリが泳げるなんてデタラメだ。ヤツは金槌のはずなんだ!」

 「おい、十蔵!英雄の知恵を甘く見んなよ。おまえはサソリを水の中に入れたことがあるのか?どうなんだ!実際問題、本物のサソリを見たこともないんだろう。違うか?十蔵よ。見たことあるかないのか、ハッキリいってみろい!」

 「ないんだ、、、見たことはない。でも、、、」

 「それみろ!」犬神は勝ち誇っていた。「だが、オレは見たことある。水族館でな。忘れもしねえ、あれは中学の修学旅行の時だった。デッカい水槽にウジャウジャいたぜ。といったって、ヤツラが魚みてえに最初から最後まで水の中にいるってわけじゃねえ。水槽の中には陸地もあってな。ヤツラあ普段は土の中に潜ったりしているが、喉が渇いたり暑かったりすると水の中に入るんだ。ソリャー、泳げるなんてモンじゃねえぞ。ザリガニというよりミズスマシだな。ありゃあ。デッカい尾っぽ振ってスイらスイらよ。オレがいった時にはちょうど餌係が出目金捲いてた。ヤツラあ、それに向かって猛ダッシュよ。アッという間にガツガツ平らげちまった。オレはそん時、子供ながらに弱肉強食の厳しさをヒシヒシと肌で感じたものだぜ」

 犬神三郎は胸を反り返した。

 

                         続く