犬神が怒鳴った。「死人が消えちまった。ケガ人もいねえ。なにもかもなくなっちまってる」

 京極は自分の車がとめたところに停まっているのをまず確認してから周到に周りを眺め回した。動くモノはなかったが不気味な雰囲気をヒシヒシと感じる。

 「なんて用意のいい連中なんだろう」また犬神が怒鳴った。それを尻目に京極はそそくさと車に乗りこんだ。犬神も大あわてで後に続く。長居は無用だとの決断であった。鉄砲の弾が飛んでくる恐れもある。戦闘服を着てダンビラを持っていたのだから相手はヤクザだろう。ところが、ヤクザという人種は格好は気にするが後先を考えたりしないモノなのだ。戦果はどうあれ襲った現場の後始末をしていったことなど聞いたこともない。第一、襲撃隊が靴炭や覆面で顔を隠していたことにも違和感がある。ヤクザだったらまずそんなことはしない。

 京極が頭を巡らしていると、横にいた犬神が話しかけてきた。車は猛スピードでトラックターミナルを抜け出ていた。

 「世の中ってのは時としておかしなことが起こるもんだナ」犬神がいった。

 「そうですね」京極は相づちをうった。

 「じゃ聞くが、おめえはそのおかしな出来事をいったいどうしようと考えてるね?確かにオレはついさっき、5人の男に襲われて3人の男を逆に斬っちまった。足を斬ったのもいれば腕を斬ったのもいる。腹を斬ったのもいれば首を斬ったのもいる。首を斬ったヤツは首がすっ飛んでいったので、もちろん死んでるいるわけだ。そこで大事件になっちまった。たとえ、正当防衛とはいえ人が死んでるわけだしな。ところが、15分か20分ばかしその場を離れて戻ってみると死体もいねえしケガ人もいねえ。コリャいったいどういうわけだ?もちろん死体は絶対に動けないし、ケガ人だって感嘆には動けないはずなんだ。だって、オレはそうなるように深く斬ったんだからな。だけど実際、なんもかんもいなくなっちまった。斬るのに使ったダンビラもない。確かオレはそれをおまえに渡したはずだったよな?おまえがそれを捨てちまったんじゃなかったか?違ったかい?ようするにそれもなくなっちまったわけだ。おまけにヤツラが吹きだした血まで綺麗にされちまって、オレはどうしたらいいかわからなくなっちまったというわけさ。だから教えてくれよ。京極。おまえは頭がいいんだからさ」

 「報告する必要はないでしょう」京極は犬神の意をくんでズバリいった。

 犬神の顔がうまい食い物を見つけたときのようにパッと明るくなった。「そう思うかい?ヤッパリおまえも?実はオレもそう思っていたところだ。連中があの中庭にゴロゴロ転がってりゃ別だが、報告したところでなんにもならないよ。第一、なにもかもなくなっちまって報告のしようもねえじゃねえか。そうだろ?」

 京極はもう安全だと思えたので車のスピードを緩めた。産業道路に入ったところであった。そうせざるをえない。前方には赤いランプが帯のように繋がっていた。彼はさらにブレーキを踏み込んでからいった。

 「主任。スマホの声は辺見さんに間違いなかったんですか?」

 

                          続く