それに料理も珍しい。お品書きを見ると、蝗、鳩、蛙、亀、雀などが載っている。酒はというと洋酒やビールも一応置いてあるが豊富な地酒がメインになっている。もちろん自家製のどぶろくもある。料金はおしなべて安い。

 京極は試しにどぶろくと雀を注文してみた。すると始めに、土瓶と褐色の湯呑みが運ばれてきた。京極は土瓶の蓋を開けてみた。リンゴをすりおろしたようなピンク色の液体が入っていた。彼は礼儀を重んじて湯呑みをひとつ犬神の方に押しやり土瓶の中身を注いだ。どぶろくとはわかっていたが、その時は酔っ払いが吐いたゲロに見えた。ところが、犬神三郎はそれを平然と吞んだ。

 「なかなかいけるじゃねえか。このどぶろく」彼はいった。

 「そうですかあ。ぼくは見ただけで気持ちわるっくって吞む気になれませんね」京極が眉を顰めていう。

 「あのナア、京極」犬神がおかわりを自分でつぎながらいう。「そんなこと思ってても口に出していうもんじゃねえぞ。だって、自分が呑めねえようなモンを人に勧めたってことになるだろ。オマエは頭はいいんだが、一本、ネジのずれてるようなところがあるな。オレはオマエといるといつだって小学校の先生になったような気分になるんだぜ。サア、自分で注文したモンだろ。チョイと味見してみな。よくいうだろ、郷に入ったら郷に従えってな。ここでしか呑めねえもんだとオレは思うよ」

 京極は犬神のついでくれたどぶろくを思い切って煽った。すぐに吐き出したくなるような味だったが、彼は我慢して呑込んだ。

 次に雀が皿に盛られてきた。串刺しにしてある。毛をむしられ炙られたので縮こまってしまっているが、東部と胴体の区別はできる。羽と脚は見あたらない。頭部の真っ黒な部分は目玉であろう。異様に大きい。

 「主任どうぞ」京極は直ぐさま皿を押しやった。

 「こいつはなんだ?」犬神が聞いた。

 「雀を頼んだのだから雀だと思いますよ」京極は答えた。

 「いやに澄んだ色しているな。まるで水飴のようだ」

 なるほど目玉の部分をのぞいては半透明で艶がある。犬神がそれを口に運んだ。ムシャムシャやってる時に突如、隣にいた一団が動き出した。サラリーマン風の5,6人の男たちだった。なぜか、酒に酔っているというより疲れ切っている風に見える。一番年かさの男が、わかったもういい、帰ろう帰ろうと何度も何度も繰り返している。

 京極は彼らが自分たちより早く動き出すとは思っても見なかったので、驚かされてひとりひとりの顔をマジマジと見ていた。すると犬神がいった。

 「京極、人の顔をそんなにジロジロ見るモンじゃねえぞ。それって失礼なことなんだぞ」

 ニヤニヤ笑いながらのそのいい方は本物の小学校の先生のようだった。

 「主任、あなたは恐いと思ったことはないんですか?あるいは恐いモノはないんですか?」

 京極が怒ったように強い調子でいった。犬神は雀を噛むのをやめた。隣にいた男たちはノロノロと店の外に出ていった。

 「京極、おまえはつくづく変な男だな。なんだってそんな変なことを、そんな真面目な顔をして聞けるんだ?しかも、オレが雀を呑込もうとした矢先にだぜ。だけど、答えてやることにしよう。自分の役目を果たすことは決してキライじゃないからな。オレはな京極、生まれてこの方恐いと思ったことは一度もない。だけど、恐いモノはひとつだけある。それはな、、、」

 犬神は右手を上げて天井を指さした。そこにはまるで獲物を捕まえるかのように大きな網が広がって垂れていた。

 犬神は笑って続けた。

 「今はそれがなんだかいわねえよ。いわねえだって、おまえにはそれがなんだかわかる時がくると思うからよ」

 

                        続く

 

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