”リベルタ”から半キロばかり離れた繁華街に居酒屋”平原”がある。

 ダンゴこと小林寛が床に倒れた剣持貞二を尻目に、上機嫌で今日2組目の客を迎えてる頃、犬神三郎と京極進と向井真彦の3人はそこにいた。お祝いをしようとの辺見直介の提案であった。周囲の反応は期待はずれなほど熱くはなかったが、ともかくも彼らが協力しあって前代未聞の大事件を解決したことには変りがない。彼らはその余韻を捨てきれなかった。

 夜10時に集合との呼びかけであった。

 犬神も京極も向井もその通りに集まったが、いいだしっぺの辺見直介が待てど暮らせどやってこない。3人は仕方なしに適当なモノを頼んでチビチビやっていたが、陽気な辺見直介がいないと座は盛り上がらない。11時を過ぎた頃、便所へ行くといって向井が姿を消した。京極はしまったと臍を噛んだ。結局は犬神三郎を押しつけられる格好になってしまった。こうなっては犬神は簡単にだませない。本当に手洗いを使いたくても、疑り深く跡を着いてくる。京極は青くなって、携帯で辺見を呼びだそうと努めた。だが、何度やっても繋がらない。

 「主任。辺見さんはもうきませんよ。諦めて帰りましょうよ」京極が沈黙を破ってとうとういった。

 「うるさい。ナオはきっと来る。まだ1時間ばかり過ぎただけじゃねえか。オレたちと違って生安の仕事はイロイロと忙しいモノなんだ。きっと、なんかの始末に手惑っているに違いない。もう、押っつけ来るから黙ってそこに座ってろ」

 が、そういって犬神はとりあわない。なにしろ、一度こうと決めたらテコでも動かないような強情なところのある男なのだ。

 京極は途方に暮れた。考えてみると、特命捜査を開始してからロクに寝てない。事件にはなんとかケリをつけたが、その間にとんでもない犯罪を犯していたし婚約者に逃げられてもいた。美也子の行方はヨウとして掴めない。今朝、出署してもこなかった。人事課で聞いたら、長期休暇の届けが出ているとのことだった。疲れてもいたが寂しくもあり、ついつい辺見直介の誘いに乗ったらこの有様であった。

 それにしても向井は憎い。一蓮托生の運命にある自分を置いてけぼりにして逃げるとは卑劣極まりない。今ごろは暖かい寝床で、根本加代に尻の穴でも舐めてもらっているのだろう。”ちくしょう” 京極は成り行きで正面に位置する犬神三郎に恨みのこもった視線を投げた。

 「キョーゴク」

 犬神はそれに気づいてか吞んでいたグラスを置いた。険しい表情になっている。

 「オメエはオレと吞むのがそんなに不愉快なのか?犬の糞でも食わされたような顔しやがってよ」

 京極からサッと血の気が引いた。脳裏には踏み潰された虫ケラのようになった、下田英孝の有様が浮かんでいた。

 「すいません。向井のことを考えていたら頭にきたんです。ぼくらに黙って帰るなんてひどいと思いませんか?」

 「そりゃ、思うよ。でも、そんなに憎くはない」犬神はシラッとしていう。

 「なぜです?主任は向井に甘すぎますよ。ぼくがいつもワリを食っている」

 「そうかあ。そういわれるとそうかもしんねえなあ。だけど、オレだってアイツは苦手なんだ。アイツ、いつも懐にデッカいチャカ吞んでるだろ。ソイツを本気で引っこ抜かれたらと思うとゾッとするぜ。それにオレは誰かさんひとりで手一杯だしな」

 ”やっぱりそうか” 京極はガッカリした。犬神は意図的に自分をいたぶりにきている。そのことが確かめられたからだ。彼はヤケクソで酒をあおり始めた。

 

                           続く