ところがどういうことか、彼は刑事をしている。キャリア組での入庁でもない。京極は訓練センターに入所後、4年の交番勤務を経て巡査から巡査部長に昇進、刑事になっている。もったいなくも信じられないことだが、現にそうなんだから信じるほかはない。

 上坂多枝も東大医学部の出身と聞いている。年の頃からいっても彼女と京極は同級であろう。このことから彼女のいったことは信用してもいいと思うが、その真意は推し量れない。元々、悪魔的なところのある精神科医である。半年、カウンセリングに通っただけで内面をズタボロにされた。

 道徳観がねじ曲がった。

 けしかけられて、助手の希実や他の女性患者と次々に関係を持った。一度に5人の女に挑みかかられたこともある。全てはトカゲが女に化けたような女ばかりだった。肌は冷たく双眸は鈍い光を放ち、一様に長くて赤い舌を持っていた。

 上坂多枝が何を求め何をしたがっているかは見当もつかない。自分とは丸っきり別の種族だという思いも強い。とすれば、京極進もヤッパリとなる。その要素は彼の記録からしても充分窺える。接触するのに怖じ気が湧いた。だが、彼は突進した。腹の底でグツグツ煮たっていたマグマは爆発した瞬間も忘れさせるほど、とうの昔に温度が上がりきっていたからであった。

 

 杉原猛は釜根山山麓に広大な地所を所有していた。おととし、その半分を売却したら莫大な金が転がり込んできた。長者番付と称される、その年の高額納税者リストの上位に名前が載る程であった。

 転機となる理由はあった。

 若い後家が情夫と逃げた。預金通帳と判子をを数点盗んでいった。元々それが狙いで彼の家に入ったようだった。馬鹿馬鹿しくなって、彼は守り抜いてきた土地を売却した。兄弟、親類縁者が一斉に非難したが馬耳東風をきめこんだ。勤めていた工場も止めた。彼にはどうしても子供ができなかった。だから死んだ後のことは考える必要はない。財産を守り抜いて死んでも、親族が喜ぶだけである。

 彼は大型の狩猟犬を買った。血統書つきの紀州犬の雄でタロと名付けた。タロはすでに狩猟犬としての訓練がほどこされた成犬であった。馬力の強い四輪駆動車も購入した。最新型の猟銃も買いそろえた。彼は大好きな狩猟に残る半生を費やそうと心にきめたのだった。タロをハリアーの横に乗せて南アルプスの奥深くまで獲物を求めて分け入った。家には5日も10日も帰らないときがある。嫁にいった妹の初子だけが、あきれはてて時々様子を見に来ていた。

 

 鈴木道太は杉原猛の家の前に立った。陽は傾きかけていた。中庭に中庭に真っ黒な四輪駆動車がうっちゃってある。黙って押し入るつもりはなかったが、門の鉄格子は開け放たれていた。来る前に近所の酒屋と食堂に立ち寄り、杉原猛の評判を聞く算段をした。税務署ふうに振る舞った。仕事柄、彼の聞き込みは堂に入っている。

 酒瓶をフキフキ初老の店主はこう答えた。

 「猛は若い嫁に逃げられて狂っちまったな。年がら年中、鉄砲を振り回して遊んでおる。おっかながって側に近づく者もおらんようになった。叔父の貞夫が意見をしにいったら犬をけしかけられたそうな。若い頃は筋目のキチンとした働き者のいい男だったが、女で狂っちまった。あの後妻がいけなかった。元々は風俗に勤めていた女だったらしい。歩くオXXチョのような女だった。オXXチョの形が顔に出ていた。プーンと匂いもした。猛は骨抜きにされて金を持ち逃げされた。嫁には大事なイロがいたんだな。猛と縁組したのもその男の命令だったんだ、、、」

 

                         続く