京極進から得た情報は鈴木道太を狂喜させた。

 このところ連続して不始末を起こしていた。事実、強引な取材である食品会社から告訴もされている。生まれつき奔放な性格だったのでことにつけて自制が思うようにきかない。派手な生活をする上にギャンブルに狂って、借金取りが会社まで押しかけるようになっていた。妻の路子は彼を見捨てた。3人の子供を連れて実家に帰った。必然的に住んでいるマンションの部屋はゴミためのようになった。ところが、彼は屈しなかった。孤独が持ち前の行動力に拍車をかけたのである。

 上坂多枝のカウンセリングを受け出してから、その兆候はもっと顕著に表われだした。仕事でひと山当てること、彼はこの一点に執着した。周りの者が目を見張るような仕事をする。そうなればプライベートの不道徳な問題は度外視されると信じていた。事実、そうして立ち直っていった先輩も何人か知っている。酒乱でサジを投げられていた男が、どういうわけか自分の通っていた病院の隠匿していた問題を執拗に追い続けスクープしたとたんに、大手の雑誌社から高給で引き抜かれた例もある。

 ”見返してやる”

 その一念で彼は事件を追って、餓狼のように来る日も来る日も街を彷徨い続けた。出ていった妻、冷たく突き放した上司や同僚、追いすがってくる悪鬼のような借金取りの顔などが頭の中で渦巻いていた。

 そんな時、仰天するような事件が勃発した。県知事の娘が家に帰らない。自発的に失踪する理由がないので誘拐となった。公開されるはずもないが脅迫状も届いたらしい。口を真一文字に結んでの捜査が展開された。動員された数千人の捜査員の後を追って、おびただしい数の報道関係者が雪崩のように続いた。

 もちろん、鈴木道太もその中のひとりだった。この事件だとの確信があった。何が何でもものにすると彼は火のように燃えていた。ところが、地方行政府のトップに関わる事件であるため、ニュースソースであるべき警察の対応は氷のように冷たい。追いすがっても、血相変えて追い返される。ジリジリした膠着状態の中で、報道解除の日は刻々と近づいてくる。彼の焦りが頂点に達しようとした時、上坂多枝から電話がかかってきた。

 たまげたことに、彼女は自分より事件の詳細を知っていた。脅迫状の内容もいとも簡単に披露した。そんな経緯から特捜班が組織された。その中のひとりは京極進という所轄の刑事だと教えてくれた。

 「アンタはなんだって、オレにそんなこと教えてくれるのかね?」

 鈴木道太は女医に当然の質問をした。言葉を鵜呑みにするほど、彼は純真でもなければ馬鹿でもなかったし女医を憎んでもいた。第一、のたうち回っても入手できないような極秘情報を彼女が握っていること自体おかしなことである。

 「あなたはわたしのクランケなの。医者として患者が快方に向かう手助けをするのは当然のことでしょ。京極はわたしの男よ。いつも希実ちゃんと遊んでいる守は京極の子供なの。ここまでいえばわかるでしょ?」

 ”なるほど、いつも助手の女の子のスカートに頭を突っ込んでいる、守といういやらしいガキの父親は京極という刑事か、、、”

 「ともかく礼をいいますよ。先生」

 鈴木道太はそういって電話を切るなり京極進を調べにかかった。警察官の身分照会は公けにされている。コンピューターを使えば簡単にできる。記録を見るなり目が丸くなった。東大医学部大学院博士課程修了とある。エリート中のエリート。どんな有名病院でも、諸手を挙げて彼を迎えるだろう有資格者であった。

 

                        続く