向井真彦は気楽な風を装っていたが、事態の深刻さは承知していた。京極も加代も我を通す方の人間である。自分に自信があるから屈服することを嫌う。それに、お互いが心底憎み合っている。酒が回れば、破滅的な衝突が生じるかもしれない。

 「美也子の居場所を教えてくれませんかね?」

 とうとうきた。飲み食いして腹も満腹になったあとだった。京極が物憂げに切り出した。

 「あなたにお願いしてるんですよ。加代さん?」

 「ごめんねー。知らないのよ、本当に」加代は京極を見ずに向井を見ながら答えた。微笑んでいた。

 「よく聞いて下さいよ。ぼくは心底話し合いたいと思ってる。ただ、それだけなんだ。その上で別れるんだったら別れるで構わないんだ。一方的に捨てられるのだけは我慢ならない」

 「そのうち会えるでしょ」加代がサラッという。

 「そのうちじゃ困るんだ。今でないと。時間がたてば、美也子もぼくも人間だから慨世事実を作り上げてしまう。いったんは別れた関係として会ってしまうんだ」京極は訴えた。

 「そのほうがいいんじゃない?お互いに隅々まで見えるようになるんだから」

 「ぼくはそんな冷たい関係になりたくないんだ。ネエ、君はぼくが美也子を本当に愛してるってことを理解してくれてるんでしょうね?このことだけはわかってもらわないと、話が先に進まないから、、、」

 「それはどうでしょうね?」加代の声は冷たかった。彼女は持っていたアイスピックをクルリと回していった。

 「残念だけど、わたしはそうは思わないのよ。このことは、美也にそれこそ何度も聞かれたことでもあるの。京極君はわたしを本当に愛しているかってね。それこそ何度も何度も聞かれたわ。数にしたら、あなたたちのしたセックスの数より多いと思うのよ。その時の美也って財布をなくしたような哀しい顔をするの。だから、すぐわかるの。本当に涙をこぼした時だってあるわ。京極君は、本当にわたしを愛しているのかしら?本当にその顔でこういうのよ。何度も何度もね。きっと、不安でたまらなかったのね」

 「・・・」京極は考えこんだ。意味が不可解だったからだ。まさか、己の愛が相手に伝わっていなかったとは、夢にも思ってみなかったことである。

 「そんなことは信じられない。ぼくが愛しているいるということはわかってくれていると思っていた、、、」

 京極はやっといった。胸にこみ上げるモノがあった。

 「わかったでしょう?」加代はまたアイスピックをクルリと回した。まるで向かってくれば刺すぞといってるようだった。

 「言葉は悪いけどあなたの負けね。相手の心境をそんなふうに追いこんだということは、あなたの負け。だれに聞いたってそんな恋愛なんてありっこないんだから、、、」

 「ちょっと待てよ」向井真彦が不意に言葉を挟んだ。「それって、美也子さんが先輩を深く愛していたってことの裏返しにならないかな?先輩をどうでもいいと考えていたら、そんな気持ちにならないと思うけどな、、、」

 「あなたは黙っててよ!これは京極君とわたしの話なんだから!」

 すごい剣幕だった。向井も京極も水を掛けられたように、一瞬、目を丸くした。

 「この男はだめよ!」

 怒号であった。加代の顔面は紅潮し、歯を剥きだしたエテ公のようだった。

 「わたしはこの男を信用しない。この男がなにをいおうと、なにをしようとわたしは信じない。はじめっからそうしたモノなの。この男は絶対にだめ!京極のキョの字が出ただけで何から何まで否定するのよ、わたしはね」

 京極の体がグラリと揺れた。

 

                         続く