川草が風になびいている。その下で川が光って流れていた。

 向井が固唾を吞んだ。京極が今から男たちを殺しにいこうというのではないかと脅えていたのだ。

 だから、車に戻り京極が「今日は君の家に泊めてくれ」といった時、思わずイイですよと答えてしまった。これから、ふたりの男を捜し出して殺すという面倒なことをするより、家に帰って寝る方がいいに決まっている。だからホッとしたあまりに、イイですよの言葉が口をついて出てしまった。

 ジワジワと後悔が押し寄せてきたが、京極はシートを倒して目を閉じてしまっている。それをたたき起こしてまで困難な仕事に向かうほど、向井の精神は強靱ではなかった。それに、あのふたりにさしあたっての危険はないと感じている。犯行直後にその現場で顔を合わせたが、彼らには自分を見ても何の変化も見られなかった。ふとした拍子に何かを思い出すとしてももっと先のことだろう。あるいは今日の一件を向井と京極に結びつけることなど一生涯ないかもしれない。なにしろ、単細胞で思考力が乏しいうえに、同じような事件をヒンピンに起こすかみまわれている連中なのだ。問題にする意識も低いし直に忘れてしまうに違いない。京極もそう考えたから時をおいて様子を見ることにしたのだと思う。

 悪路を抜けた。グングン加速する。

 視界が広くなって、上空に星ではない光りが見える。高架道路だった。ハイウエイの照明灯が夜空の彼方へ一直線に続いているのだった。もう少し行くと、ジャンクションの華やかな舞台がある。向井真彦のマンションはそのすぐ側に立っていた。

 彼は住みかにつく前に、気持ちの整理をする必要があると考えていた。殺人死体遺棄という不幸な出来事が我が身にふりかかったわけではあるが、そんな馬鹿げたことのそもそもの原因はなんだったのか?いわずもがな、京極の短気にあることは事実だが、彼をしてそうなさしめた要因は、連城美也子に端を発した根本加代とのいざこざに他ならない。

 京極は追い詰められていた。女が憎かったと彼はいった。本当のところは面会した時点で根本加代をどうにかしたかったんだろう。それができなかったことで、彼の胸中には憤怒が渦巻いていた。だから、カラオケ屋の女に理不尽なことをされたとき爆発してしまった。

 ということは、素因のおおもとは根本加代にあるというわけである。子供でもわかる理屈になる。ところが、その根本加代が自分のマンションにいる。向井の心中は不安で真っ黒になった。加代がいることは京極だって知っている。百も承知で出向くということは深い考えがあってのことに相違ない。まさか、加代に拷問を加えた挙げ句殺害するというのではあるまいか?手伝えというかもしれない。そこまで考えて、向井はハッとわれに返った。追い詰められているのは自分だと気づいたのだ。

 京極進という男はその辺の馬鹿ではない。加代を殺す気だったらその時点で殺している。そうしなかったということはこれからもしないということだろう。見も知らぬ女をころすのとはわけが違う。関係者は全員が疑われる。すぐに犯行は露見して、捕まるか逃走するハメになる。もう2度と陽のあたる場所には出てこれない。

 向井は、ユックリとブレーキを踏んだ。マンションに着いたのだ。ポッカリあいた入口から地下の駐車場へと車を滑らす。どうにでもなれとは思わなかったが、なるようになれとの諦めの心境であった。

 

                            続く