病室の戸口には、部屋の号数を示した小さな板が横に突き出ている。運のいいことに歩き出してから最初のモノに603とあった。病院に4と9は普通はない。縁起が悪いからだ。すると、次の部屋が605号であろうか?そう考えた瞬間に、向井は非常口との距離を計算した。20メートルとない。どんなに用心して動いても、5,6秒ですり抜けられる距離である。彼はニヤリと笑った。

 京極が動くのを止めた。やはり次が目的の病室だった。京極は壁のパネルで患者の名前を確認している。向井も見た。

 あった!矢代由美。

 六つの枠に三つの名札が貼ってあった。ということは、矢代由美の他にもあと二人患者がいるということなのだろう。名札の頭にある1531とか2729とかいう数字はカルテの番号なのだろうか?そんなことはどうでもいい。要は、この中に矢代由美がいればいいのだ。京極がドアを薄く開けた。まずは気配を探らなくてはいけない。付き添いのことを心配していたが、どうやらいない模様である。

 病床は部屋の左右二手に分かれていて、両側と右手の真ん中にカーテンが下りていた。あとはむき出しのベットがそのまま見える。全員が寝ていることは確実に思えた。ドアを細めに開けふたりは中に入った。向井はそのまま反転し廊下の見張りにつく。京極がカーテンの端を摘まんで中を確かめにかかった。目標の取り違えは最も懸念されるところである。顔を殴ったのだから、女は顔面に包帯や絆創膏をしているはずである。ここで人違いをしたら全てが水泡にきす。京極はわきまえていた。慎重にやるつもりだった。ところが、右側のふたりは共に干からびたような老婆だった。これでは間違いようがない。矢代由美は左隅のベットで眠っていた。鼻にガーゼをあてているが、フックラした頬や特徴のあるボブヘアに見覚えがある。

 京極は向井を読んで確認をとった。向井はコクッとうなづきすぐに見張りに戻った。

 病院は入院患者に安定剤を与えることを常にしている。就寝の時には特にそうだ。ふたりの老婆は起きっこない。京極はユックリと矢代由美に被さっていった。それでもピクとも動かない。やはり安定剤が効いているようだ。次に彼は左手で女の口をふさぎ、右手で首を掴んだ。彼の手の平は大きい。そうしたことが悠々とできた。それに、彼には充分な経験もあった。

 性的な遊びで女を仮死状態にしたことは何度もある。だから締める時間などではなく、感覚を肌で覚えていた。しばらくして、由美が一瞬ビクッと動き、目を開け体を硬くした。性器を挿入していれば、激しい締め付けが起こって最も心地よいところである。直に痙攣が始まってそれがひとしきり続くはずだ。女によっては2,3分も続くのがいる。そういうのがおおよそありがたいが、今は遊んでいる場合ではない。幸い、この女は肩幅がないから肺も小さそうだ。30秒でカタがつくと京極は予想した。

 人間は首を圧迫されると必ず目を見開く。まるで目玉で息をしようとしているかのようである。ともかくも、京極は由美の瞳をつぶさに観察していた。黒目がだんだんとつり上がって白目が多くなってくる。その頃痙攣も止む。限界の合図であった。これ以上やると、由美は瞳がでんぐり返って死んでしまう。死ぬと尿道や肛門が開いてベットを汚す。謎めいた失踪という形をとりたかったので、それは避けねばならない。

 京極は締める力を緩めた。すると、自動的に由美の唇が薄く開いてしたの先端がピュッと出てきた。

 ”カタづいた” 京極は合図をして向井を呼んだ。

 

                         続く