泥棒よけにしても度が過ぎている。現実に庭は昼間より明るいだろう。アレでは、一晩中の電気代だって馬鹿にならない。おまけに、大量の昆虫も寄ってきて畑を汚す。泥棒よけなら、犬でも一匹飼えばいい。

 「下田の野郎に間違いねえ。あんなことする奴は、どの道まともじゃネエ」また、犬神三郎がいった。

 辺見も同感だった。電線を蜘蛛の巣のように張り巡らせて庭を照らす男。庭は体が焼けそうな程熱源がありそうである。邪教の祭壇か宇宙人との交信所にも見えなくもない。

 下田英孝は狂ってる。辺見直介も下田が犯人だと決めつけた。理屈ではなかった。肌で感じたモノだった。射すくめられるような光りの洪水は、すなわち下田英孝のどうしようもない心の荒廃を表わしているようだ。

 元々、信じられないような事件だった。県知事の娘をさらう。キチガイ沙汰だ。何百何千という警官が血相を変えて追ってくる。絶対に助からない。滅ぶ。だが、この男ならやりそうな気がした。もしかしたら、滅びたがっているのかもしれない。

 下田英孝。辺見は独りごちた。

 運動場のような庭地を持ち、城のような屋敷に住んでいる。ありがちだけど、方々の山々がソックリ彼の持山かもしれない。そんな莫大な資産を有しながら、もっと別の人生を歩めなかったものか、、、。そう考えると哀れでもある。

 

 「ナオ。下田んとこへ電話を入れて見ろ。いるかどうか確かめるんだ」

 犬神の声が辺見に瞑想を断ち切った。庭の端っこに車で移動した後だった。辺見はスマホを取りだし番号を調べてから下田家に電話を入れた。通じはいいはずだった。来る途中の原っぱにデッカい電波塔が突っ立ってるのを見た。

 ちょうど10時になるところだった。3度の呼び出しで、しわがれ声が出た。老婆のようだった。下田英孝は記録によると実母とふたり暮らしである。

 「山田ですが、英孝さんいますかね?」辺見は落ち着いていた。電話の応対は刑事にとって必須科目である。

 「ウ」とそれっきりだった。ゴトと受話器が側に置かれる音がした。辺見はそのまま電話を切った。

 「いる」彼はいった。

 「ホウ」と犬神。意欲的な横顔だった。薄く開いた口端から犬歯がニュッと飛び出し鈍く光っていた。

 「奴は出てこないよ」そういう。

 「なぜだ?」辺見は問うた。

 「なぜって?あの庭を見ただろ?電球の玉あんなにぶら下げちまってよ。まるで田んぼん中の売春スナックだ。きっと奴あ、毎晩ああしてるんだぜ。闇が恐いんだよ。そんな奴が今時分、外に出てくるわけないだろう」

 「へえ、そうかい」

 辺見は気のない返事をした。犬神は柄にもなく人間の内面に目を向ける。昔からそうだったが、京極とのつきあいが生じてからは、その傾向はドンドン強くなっている。

 糞食らえだ。難しいことを考えることは性に合わない。だから蓋をして生きてきた。自分は感覚的な人間だと思っているし、それでいいと納得している。どうせ、人間は千年も万年も生きられるわけではない。いちいち真実を突き止めたところで、いったいそれがなんになるっていうんだ?

 辺見は犬神の与太話が続きそうだったので、寝たふりしようとシートを倒しかけた。ところが、がしっと肩を犬神に掴まれた。

 「今、いったことは訂正する。ヤツだ」

 辺見はギョッとして私道の方を見た。仄白い外灯の下でユラユラと人影が揺れていた。それは、まさしく土の下から這い出た死霊のようだった。

 

                          続く