向井真彦は事件現場にコッソリと近づいた。

 通りにワンボックスが停めてあった。そこからのぞく。距離は10メートルもない。

 杉山と藤森がパトカーに寄りかかって談笑している。深刻な表情はカケラもない。まるで、競走馬のことを話している遊び人かなんかのようだ。どうやら、この現場は彼らが仕切っている模様である。もっと上のモノは臨場していないと向井は判断した。

 少しホッとする。さて、合流する方法だが向こうに気づかせる方がいいだろうと思い、歩いてきたサラリーマン風の3人組の後についてバンから離れた。やがて、杉山と藤森の目の前を通過する。ところが、ふたりは気づかない。仕方なしに向井はまた引っ返した。今度は速度を落としてユックリと歩く。それでも気づかない。

 ”なんという阿呆どもだ”

 結局は、彼らの側を振り子のように何度も行き来した挙げ句、真ん前で立ち止まって咳払いをひとつくれることとなった。

 「なんだ?向井、来てたのか?」

 やっと、杉山昭一が気づいて声をかけた。電球のようにまん丸い顔に太い眉、その下の両のマナコは串を抜いた団子のようである。悲しいくらいに知性のカケラもない。

 「女はどうしました?」

 向井は声に出してから、しまったと臍を噛んだ。質問があまりにも短兵急すぎたと思ったのだ。ところが、当のふたりはそうは思わなかったようだ。もう運んじまったと藤森が普通に答えた。

 「わからねえもんだよなあ」杉山昭一がいう。

 「そうだよなあ」藤森幸夫が相槌を打つ。年の頃は40,2,3。白系の柄シャツに黒ズボン。先の尖ったエナメルの靴を履いている。髪は長め背は高い方で、菜食主義者のように痩せている。目つきはあくまでも鋭く、酷薄な感じがする。黒いマントを着せればドラキュラの役が務まりそうな男である。

 「顔中血だらけの方はピンピンしてて、傷一つない方は口も聞けずグッタリしているんだからな。女ってのはヤッパリわからねえ」

 「どこへ運んだんです?」向井は聞いた。

 「塩砂中央病院」藤森が直答した。

 「だったら、この救急車は?」向井が回転灯をつけたままの救急車を指さして聞いた。

 「ヤロウらも顔に少しだけ怪我をした。ドアにぶつけられたといっている。下で事情を聞いてるが、一応病院に運ぶつもりだ」

 藤森が言い終わらないうちに、男がふたり制服警官に連れられて階段の出入口から出てきた。両方ともタオルを口に当てている。

 ”こんな男たちだったのか” 向井は周到にサングラスを外した。

 全然、印象が違う。逃げる前、廊下にいるところを垣間見たがもっと若い連中かと思っていた。近づいてくるふたりはいい年をした中年である。これは、京極のいうことが正しかった。向井はニンマリとした。自分の記憶からしてこうだから、自分より視力も頭の効きも劣っている連中がコチラを覚えているとは思えない。まして、彼らは頭部に星が出るような衝撃を受けているのだ。

 向井は落ち着いて胸を張るようにして彼らを見据えた。

 「ダンゴ、災難だったな」杉山が体格のいい男の方へいうともなくいった。

 それに向井はピンときた。5本の指をソックリ落とした乱暴者がこの辺に巣くっていることは評判になっている。そいつはダンゴの二つ名で呼ばれているのだ。

 ”この男がそうなのか” なるほど、口元をタオルで押えているが指が見えない。それは左手で右手はしっかりと5本の指がついているようだ。しかも、やすでみたいな大きな手であった。

 

                         続く