向井は裂いた空き缶を細かくちぎっていった。

 「凄いな。まるで主任みたいだ」見ていた京極が驚いた様子である。

 向井の握力はそれこそ化け物じみている。気づきにくいが、二の腕が大根のように膨らんでいる。

 競技用ピストルのめかたは1キロからある。銃身も長いし安全具や特殊スコープが重いからである。大会では決勝までいくと、平均4,5時間は、それを一定のポーズで構えなければならない。本気を出せば、通常の握力計など握りつぶしてしまう。だが、彼はその力を他人の前でひけらかしたことはなかった。定期的に行われる体力検査でも適当にごまかしていたのだ。だから、京極に指摘されてハッとなった。それほど我を忘れていた。向井はにが笑いをし、パッパッと手をはたいてからそっと懐のモノを確認した。そこには、もうひとつの心臓のようにマグナム354がしっかりと収まっている。

 オリンピックで入賞した褒美に、彼だけ特別に常時の携行を認可されている。目こぼしというか、事件のない時にでもぶらさげてあるいても、誰からもとがめられない。つまり、小さな時からの夢を実現させたわけだ。だから、どんなことがあっても、今の地位を投げだす気は彼にはない。

 「しらばっくれるしかないでしょう」向井はキッパリといった。

 「そうくると思ったよ」京極は笑った。「意見が始めて一致したな。これは冗談だが、自首するなんていったら君を殺すところだ。事の善悪はともあれ、ぼくは女なんかにこれっぱかりの、、、」

 京極は親指をピンと撥ねた。「影響を受けたくないんだ」

 「具体的にはどうするんです?」向井が尋ねる。

 「そうだな、とりあえずは、女どもの状態を把握することだろうな」

 「というと、現場に戻るんで?」

 「ちょっと、いってみよう」京極は立ち上がりかけた。

 「危険じゃないですかね?犯人は現場に戻るっていうし、すでに網が張られていたら、オレたちはそこに飛びこむことになる」

 「それはあるけど、他にどうしようもないだろうよ」

 「署に戻ったら?署に戻って様子を見るんです」

 「阿呆なこというな。今頃、ノコノコ署に戻って見ろ。絶対に現場にかり出されるよ。事件をおこした犯人がアッという間に早変わり、刑事として現場に乗りこむなんて三文小説にもないよ」

 「そういえばそうですね」向井はクスリと笑った。「さすがに先輩はヨミが深い」

 「遠くからのぞく分には目もつけられないだろう。とりあえず、いってみようや」

 ふたりは立ち上がって歩き出した。

 「先輩、その前に顔を洗った方がいい。ワイシャツにも血がついている」向井がいう。

 「アリャ、本当だ」京極は顔にあてた指が赤くなったので驚いた。

 「近くに公園があるから寄っていきましょう」

 向井は、京極を先導するようにスタスタと歩く速度を上げた。

 

                           続く