トルル、、、トルル、、、トルル、、、。

 犬神は10回コールしても出ないことがしょっちゅうである。鳴らし続けること15回、やっとその声がした。

 「はい、犬神三郎です」

 こういう出方をするときは機嫌のいい証拠である。長年のつきあいでわかる。

 「サブ、緊急事態だ。今すぐ、オレと会ってくれ」

 「どうしたい?ナオ。アワ食っちまってよ。昨日、痛めつけた男が死にでもしたんかい?」

 深夜のトラックターミナルの片隅で、コンクリートの床にたたきつけた男のことをいっているのだろうが、辺見はあわてて打ち消した。

 「そんなこっちゃないんだ。あんな虫ケラ、死のうと生きようとオレの知ったことかい。ナア、サブ。今、どこなんだ?」

 「墓場だよ」

 またかと、辺見は思った。

 工業団地の巨大なパン工場の裏でに古い墓地がある。その中央部は立木や水飲み場、ベンチなどが設備されていてちょっとした公園のようになっている。どういうわけか、犬神はそこが気に入っていてしょっちゅう訪れているのだ。どうやら、薄暗くなってからは人っ子ひとりいなくなるのがいいらしい。

 「すぐいくからよ。そこにいてくれ」

 犬神は話し出すと止まらないところがある。愚にもつかないことを並べ立てて人をいたぶるのが得意である。それを承知していたので辺見は手際よく電話を切った。取るものも取りあえず、あわてて支度をし家を出て車に乗りこむ。山あいの外周道路を猛スピードですっ飛ばして街並に入った。混雑を懸念して、小学校の脇からクネクネした裏道を抜けようかとも思ったが、そのまま中央通りを走り産業道路に出た。思惑通り、交通の状態はいい。だったら、この方がずっと早く着く。昼間は大型トラックが長城のように連なる交差点も難なく抜けた。

 雲のあるダークブルーの夜空に、黒々とした煙を吐くパン工場の巨大な煙突が見えてきた。美しい光景である。晴れていても曇っていても、工業団地の夜空は澄んだ深海のような美しい色をしている。きっと、大気中に煙突から吐き出されるいろんなガスが混じり合って、プリズムのような効果を表わしているからだろう。

 墓地に着いた。

 工業団地が形成される前からこの墓地はあるという。何百何千という人が眠るところ。当初はこれほど人の手はかけられてなくて、工業団地の発展に伴ってその外観も段々と体裁を整えるようになっていった。1時はナンパ族の車が相当数入りこんだじきもあったが、近年、続けざまに女の惨殺死体が発見されたこともあってそれもなくなった。

 中の道をユックリと進み、辺見は犬神の自転車の脇に車を停めた。空き地の犬神の方へ歩いて行く。

 犬神は上半身、裸である。奇妙な格好で両腕を屈伸させ振っている。その様子はまるで、土の下から死霊を呼びだす呪術師のようである。

 「何やってんだ、サブ?」辺見は犬神の後ろから声をかけた。

 

                           続く