台風一過、まさに京極にはそう思えた。鈴木道太が立ち去った後も彼はボンヤリとコンビニの中をうろついていた。ホッとしたところもあって急に空腹を覚えたので、腹ごしらえをしてから次の行動に移ろうと思ったのだ。ところが、彼のように考えた人間は大勢いたらしく、新鮮な食料品の棚はスッカリさらわれてしまっていた。

 彼は奥の方でどうにか生き残っていたホットドッグを引っ張り出し、レンジで温めて貰ってから外へ出た。上坂クリニックのビルの前を通過したときそれにかぶりつき、残ったコーヒーを飲み干してから空き缶をビルの階段へと投げ捨てた。それは凄い勢いで弾み舗道を転がったがたまたま通行人には当たらなかった。

 京極は顎も立派だし歯も丈夫ときている。オマケに口が大きいので、食べ始めたら驚くほどのスピードを発揮する。ホットドッグを二口で平らげ車に乗り込んだ。

 ドアガラスにベットリと鈴木道太の掌紋がついている。

 今日のところは、どうにか追っ払ったが上村多枝が困難を与えてやると憎しみをこめて差し向けてきた男である。到底、梱包された荷物のように、簡単にかたづけられるとは思わない。振り払っても振り払っても襲いかかってくるだろう。そのために、タダでさえ少ない自由な時間は削り取られるハメになる。

 彼は分裂症に進む一歩手前の妄想狂である。だから、狂いかけだとする彼の自己分析は的を得ている。こうした人間は自分の信じたいと思うことしか信じない。完璧に自己中心的な特性で、他人を思いやる心のカケラもない。知的な分だけ犬神より厄介かもしれないと京極は身震いしたが実際にはそうはならなかった。

 次の日の昼下がり、彼は口径の大きい猟銃でまともに顔を撃たれて死んだからだった。

 

 午後1時30分、朝の診療を終えた城崎丈也は昼食をとり、婦長の笛木サヨがいれてくれたコーヒーを片手にゆったりとした気分を味わおうと、自慢の肘掛け椅子に身を委ねてくつろいでいるところだった。

 診療室は採光の精度を増すため、規格外なほど窓を大きく作ってある。なのでそこから庭全体が一望できる構造になっている。

 たった今、光り輝くメタリック塗装のBMWがスルスルと庭に入ってきた。城崎は少し変だと感じた。場違いな思いも強い。中途半端な時間に現われたことも、その考えを助長した。

 ドアが開き、ダークスーツに身を包んだサングラスの男が庭に立った。まるで、テレビのシーンのようだ。城崎は肩をすくめた。

 その男は乗ってきた車同様、高級で品があるように見えた。充分に若い男で颯爽としているし、医者に診せなければならない病素が彼の中にあるとはどうしても思えない。

 城崎は近くを見るためのメガネを外し、レースのカーテン越しに近づいてくる男を目を細めて凝視した。その努力は報われ、男が建物まで後5,6メートルというところで彼はその正体を掴んだ。彼はアッと呻いて後ずさり、いつの間にか背後にきていた婦長の細長い体にぶつかった。

 

                             続く