「ヤッパリきたわね。実をいうと待っていたのよ」

 多枝はクリネックスで子供の目やにをとってやっている。

 「なんてことしてくれたんだ。ひどいじゃないか」

 京極はやっといった。片手をポケットに突っ込み、多枝に向かって投げつけようと例の写真を取り出そうとした。ところがそれは、命をなくした枯れ葉のようにバサバサと下に落ちていった。

 「だからいったじゃない。あなたはわたしのものなの。昨日、そうきまったのよ。信じてくれるかどうかはわからないけど、わたしはあなたをほっとく気でいた。自分からわたしの前に現われるまではね。そして昨日そうなった。わたしだって生きる権利を有した一個の人間だから、チャンスを掴む権利だってあるのよ。そして、それを見逃すほどわたしはお人好しじゃないのね」

 体躯の堂々とした女医は、その膝に子供を引っ張り上げた。

 京極はその子に引きつけられていた。脳天を直撃するような衝撃が起こっていて、体をピクリとも動かせない。

 切れ長の目、ひしゃげた鼻、タラコのような唇、そして長く張った顎、、、。

 視界がだんだんと暗くなっていく。”ああ、神さま。やめてください。後生だから見捨てないで下さい”

 京極はヘナヘナと崩れ落ちそうになりながらも、意地だけで踏ん張っていた。

 「サア、守くん。パパに挨拶なさい」多枝の声が遠くで聞こえた。

 

 しばらくして京極が患者用のソファーにへたりこむと、上坂多枝もそこへしなだれこんできた。

 「守くんは受付のお姉さんのところへいってなさい。ママとパパは大事な話があるから」

 といって守をていよく部屋から追っ払った。

 「ネエ、あの女にどんな酷いこといわれたの?」京極に頬を近づけていう。

 「あの子はぼくの子なんだな?」京極は弱々しく聞いた。

 「見ればわかるでしょ?わたしは4回もあなたに孕ませられた。前の3回はあなたのいうとおりに堕ろしてきたけど、4回目はドクターストップがかかったのね。矢継ぎ早の手術だったので、これ以上は体が持たないといわれた。わたしは悩んだけど、結局、あなたに隠れて産むことにした。わたしがあなたの前から消えたのもそういうわけだったのよ」

 「ひどいじゃないか!」京極はここぞとばかりに声を荒げた。鬱屈した気持ちに支配されていた。

 「いきなり親父だなんて、ぼくはどうしたらいいかわからないよ」

 その刹那、ピシャリと多枝の平手打ちが飛んでいた。

 「なにがひどいっていうのよ。このひとでなし!あんたが何したっていうのよ。今の今まで、他の女の尻を追い回していただけじゃない。わたしはあなたに4回も孕まされた。あなたは、ぽっとでの田舎娘だったわたしをいいようにいたぶって4回も孕ませたのよ。実験台のようなベットで、蛙のように股を広げさせられて中のものを掻き出される。これ以上ひどいことが、この世の中にあると思うの?あると思ったらいってみてよ」

 

                          続く