混濁した意識の中で、矢が胸に突き刺さっているのを弓削圭一は確認した。抜きたいがどうしても体を動かせない。どうやら自分も縄か何かで、芋虫のように緊縛されているようだ。息苦しいのは、口いっぱいに布切れを詰めこなれているせいだろう。いてもたってもいられないような悪心に絶えず襲われるがどこにも痛みはない。もう、そういう段階は通り過ぎたのかもしれない。視界も水の中にいるようにぼやけてしまっている。呻き声の方へ目をやると、暗がりの中でやけに白っぽくてまるいものが、ペタペタいう音と共に上下運動を繰り返すのが見えるだけだ。

 男の声がする。

 「マンコの世界記録を知ってるかい?生きていて作ってみようと思うかい?」

 ”おれはこいつに矢をたたき込まれたんだ、、、”だが、もういい。男を恨む気持ちもない。”もう、このまま死にたい”

 彼がそうおもった時、また意識が暗転して闇に引きずりこまれた。

 

 彼がハッキリと覚醒したのは、矢を引き抜かれた時痛みを感じたからだった。視界もとりはらうように鮮明になった。

 汚れた顔の男が、引き抜いたばかりの矢の先端を布切れで丁寧に拭っている。よく見ると首から下も黒く汚れている。穂先を磨くその様は、いつかテレビで見た狩猟に向かう土人にそっくりだ。無表情で魔法をかけているか、かけられているかのように動く。口に布を詰め込まれているので、言葉は出せないがもしそうできても、きっとこの男には通じないだろうと弓削は思った。

 男が近づいてきて、片方の目をマジマジとのぞきこんでいる。その意志はすぐに理解できた。どうやら、磨きたての矢をそこに突き入れるつもりらしい。案の定、男が穂先をペロリと舐め目に近づけてきた。不思議なことに恐怖はない。目蓋を閉じようとしたが、男が片っぽの指先で押さえつけている。彼は慎重に事を進めたいようだ。ゆっくりゆっくり穂先が近づいてくる。だが、ぼやけてしまって表面に触れるまで、どの程度まで近づいたのかはわからなかった。プチッと音がして、片方の目が黒くなったが痛みはまるで感じなかった。けれど、冷たく尖ったものが奥へ奥へと進んでいく意識はハッキリと感じた。

 ガリッと先端が骨に当たる音がした。弓削は、男がこれで引っ返すかなと思ったが、彼はそうしなかった。彼はもっと力をこめて矢を奥に突き入れた。矢は弓削の脳まで届き、それで彼は死んだ。

 

 下田英孝が矢を引き抜いたのはそれからだった。矢尻の方まで、死んだ男は汚してしまった。彼はもう一度それを丁寧に拭ってから、自分も身繕いをして家を出た。バケツ一杯の水と袋入りラーメンを置いてきた。それで美加子が次に行くまで生きているかどうかはわからない。だが、それでいい。彼女にそれ以上のことをしてやるいわれはない。

 ”実際のとこ、彼女はおれに迷惑をかけそうな存在になりつつある。今日も殺そうかどうしようか悩みながらあの家に行った。そしたらどうだ。見知らぬ男が家に入り込むところだった。だから、おれはボウガンを構えて奴が出てくるのを待ったんだ”

 

                           続く

 

    追伸  今、熱心な読者さんに対して感謝の意の意をこめてイイネ用を発行しております。

        毎日、読んでくれてありがとう。   大道修